スペイン映画界の最高賞、ゴヤ賞で今年の最優秀作品賞、助演男優賞、脚本賞、新人監督賞を獲った作品です。その新人監督というのがラウール・アレバロ(Raúl Arévalo)。「雨さえも」で劇中劇の役者、「アイム・ソー・エキサイテッド!」で客室乗務員、「マーシュランド」で若手刑事を演じていたスペインの人気俳優です。
原題は“復讐には遅い”という意味で、父親と婚約者が犯罪に巻き込まれた男が、その8年後、刑を終えて出所した運転主役から仲間の居所を聞き出して復讐する物語。英題“The Fury of a Patient Man(忍耐強い男の憤怒)”で言うように、既に逃げ果せたと思っていた犯罪者たちに積年の怒りをぶつけていきます。
映画の幕開けは2007年8月のマドリード。路肩に駐められた車の後部座席から運転者を撮っているのですが、手持ちカメラのせいで画面が揺れ、気分が悪くなりそうです。と、思っていると、黒い覆面をした男たちが走ってきて、その1人が助手席に乗り込みます。急発進する車。しかし既に警察車両が先回りしていて逃げられそうにありません。覆面の男が車を降りた後も逃げようと爆走する運転者ですが、何かにぶつけて横転し、警察に捕まってしまいます。
続いてバルの軒先でカードゲームに興じる主人公ホセたち。店で働いているアナはオーナーのフアンホの義理の妹で、シングルマザーのように見えますが、服役中の夫クーロが近く出所する予定だとわかります。彼女とホセは親しいようで、夜中にネットでチャットをする間柄です。
ちなみに、このCarrascoという店名のバルは、実際にマドリード南西部のウセラ地区にあった店だそうです(→google map)。街の中心から離れていますので観光客が訪れるような場所ではありませんし、現在はヘアサロンに変わってしまったようですが、このうらぶれた風情の店が登場人物たちの鬱屈した状況をうまく伝えています。
そのうち、冒頭で映し出された場面は宝石店強盗事件で、逃走用の運転手役だったクーロのみが逮捕されて8年の刑期を務めたことがわかってきます。そしてホセは強盗事件の被害者の家族であり、アナがクーロの妻だと知ってこのバルに通っていることもわかってきます。つまり、事件で婚約者を失ったホセが、その復讐を目論み、捕まらなかった実行犯を捜すためにアナに近づいたわけです。
出所したクーロはアナの家に戻ってきますが、2人はしっくりいきません。クーロと口論になったアナは、幼い息子を連れて、しばらくホセの田舎の家で過ごすことにします。もちろんクーロは妻子を捜しますが、ホセは2人を誘拐したとクーロを脅迫して仲間の居場所を吐かせます。そしてクーロに案内させて犯人たちの元に赴き、復讐していくというお話です。
スペイン映画でスリラーというと、複雑な仕掛けやホラー的な要素を散りばめた作品も多いのですが、本作はいたってシンプルです。最初の部分で、時間軸が飛んだり登場人物の関係性がわかりにくかったりする以外、とても明瞭なストーリーですので、脚本賞受賞作だと知って観ると逆に戸惑ってしまうも知れません。おそらく、プロットの進め方ではなく、会話の妙に対する受賞なのでしょう。
主人公のホセを演じたのは、「気狂いピエロの決闘」で準主役のセルヒオ、「マーシュランド」で被害者の父親を演じていたアントニオ・デ・ラ・トレ(Antonio de la Torre)。そして彼に巻き込まれるクーロをルイス・カジェホ(Luis Callejo)、その妻アナをルス・ディアス(Ruth Díaz)が演じており、ルイス・カジェホは本作での受賞で今後の出演作が目白押しのようです。
適度な緊張感が心地良く、音楽も良いので、スペイン映画好きの方ならきっとお気に召すと思います。ただ、本作はカリコレ2017の特別上映ですので、これ以降の上映は8/8(火)15:30、8/9(水)10:00、8/14(月)12:30の3回しかありません。割と混みますのでネット予約で座席を確保してからお出かけください。
公式サイト
静かなる復讐
[仕入れ担当]