映画「her/世界でひとつの彼女(Her)」

0 スパイク・ジョーンズ(Spike Jonze)監督の最新作は風変わりで切ないラブストーリーです。デヴィッド・O・ラッセルウディ・アレンをおさえてアカデミー賞の脚本賞を獲っただけあって、セリフのひと言ひと言から全体の構成まで絶妙な仕上がり。映画好きなら観ておくべき一本といえるでしょう。

舞台はそれほど遠くない未来のロサンゼルス。ホアキン・フェニックス(Joaquin Phoenix)演じるセオドアという、現実世界で結婚が破綻した男性が、OSに組み込まれた人工知能に惹かれていく物語です。

カテゴリー的にはSF映画に分類される作品だと思いますが、奇想天外なストーリーが繰り広げられるわけではなく、ひたすら恋愛の本質に迫っていく文学的な作品となっています。

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映画全体の雰囲気もあまりSFっぽくありません。上海で撮影したという高層ビル群こそ近未来的ながら、服装は時代遅れの印象ですし、セオドアの仕事も手紙の代筆業という古くさいもの。ポケットの携帯端末は大きな安全ピンで留められています。

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スペイン映画の「エヴァ」も、70年代風の世界にロボットが共存している設定でしたが、懐かしさと新しさが入り交じった世界観は、架空の存在に対する観客の心の障壁を取り除き、感情移入し易くするのかも知れません。

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セオドアの離婚調停中の妻キャサリンを演じたのが「ドラゴン・タトゥーの女」のルーニー・マーラ(Rooney Mara)、近くに住む友人で一時交際していたこともある女性エイミーを演じたのは「ザ・マスター」「アメリカン・ハッスル」のエイミー・アダムス(Amy Adams)。この2人の演技も良かったと思いますが、声しか登場しない人工知能サマンサを演じたスカーレット・ヨハンソン(Scarlett Johansson)のちょっとハスキーな語り口が最高に魅力的です。

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もともとサマンサ・モートンが配役されていてこの役名になったそうですが、撮影終了後、わざわざスカーレット・ヨハンソンに変えて録音し直したスパイク・ジョーンズ監督の卓見だと思います。ちなみに、キャサリン役はキャリー・マリガンからルーニー・マーラに変更されたとのことですから、当初キャスティングされていた英国人女優が2人とも米国人に変わったことになります。

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サマンサの特徴は、人工知能であるにもかかわらず、感情を持ち、自ら学習して成長していくところ。それがセオドアを惹きつける最大の魅力なのですが、成長する=変化していくということが、この映画の1つのポイントになっています。元妻であるキャサリンは幼なじみであり、一緒に成長して自分のことを創り上げてくれた(we grew up together and you helped make me who I am)かけがえのない女性であるにもかかわらず、今は修復できないところまで来てしまったわけです。

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そしてもう1つのポイントは、恋愛におけるリアルとは何かということ。サマンサは物質的に存在しないので、直に触れ合うことはできません。それを恋愛の阻害要因と考えたサマンサが講じる策の幼稚さには苦笑させられますが、敢えて古くさいフィジカルとメタフィジカルの問題を俎上にのせ、観客に念押ししておく監督の仕掛けは巧妙です。

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考えてみれば、セオドアが仕事で代筆している手紙というのは、相手がリアルな存在でなくても成立するコミュニケーションだからこそ、代筆業が成り立つわけです。アカの他人を手紙で感動させながら、大切な人とは思うように感動を共有できなかったセオドア。サマンサと出会うずっと前から、メタフィジカルな世界に居場所を見出していたのかも知れません。

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そんなセオドアに「2人の写真がないので、2人でいる瞬間のイメージで曲を作った」と音楽を聴かせるサマンサ。文通相手にカセットテープを送っていた前世紀を思わせるこのアプローチで使われたカレンO(Karen O)の"The Moon Song"は、アカデミー賞の主題歌賞にノミネートされた楽曲です。この他、アーケイド・ファイア(Arcade Fire)の挿入歌など、使われている音楽もセンスよくまとめられています。

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公式サイト
her/世界でひとつの彼女Her

[仕入れ担当]