ビート・ジェネレーションを代表する小説、ジャック・ケルアック「路上(オン・ザ・ロード)」の映画化です。1979年にフランシス・フォード・コッポラ(Francis Ford Coppola)が映画化権を手に入れてから、さまざまなスタッフ、キャストで映画化が試みられましたが、30年の紆余曲折を経てようやく日の目を見ました。
監督は「モーターサイクル・ダイアリーズ」のウォルター・サレス(Walter Salles)。「モーター・・・」を観たときも、あんな退屈な原作(というか日記風メモですが)を、こんな完成度の高い映画に仕上げられるとは!と感心しましたが、この「オン・ザ・ロード」もさすがの出来映えです。Fコッポラも待った甲斐があったのではないでしょうか。
映画のストーリーは、小説から印象的なシーンを拾い集めて再構成した感じ。ですから、何度か旅立つのですが、小説のように4つの旅がそれぞれ独立しているのではなく、映画全体を通して1つの流れになるように作られています。
映画はサム・ライリー(Sam Riley)演じるサル・パラダイス(Sal Paradise)がヒッチハイクで西に向かうシーンからスタート。このアメリカらしい空気感を端的に表現した美しい映像は、ウォルター・サレス監督ならではだと思います。
そして数ヶ月前に時間が巻き戻され、ギャレット・ヘドランド(Garrett Hedlund)演じるディーン・モリアーティ(Dean Moriarty)や、トム・スターリッジ(Tom Sturridge)演じるカルロ・マークス(Carlo Marx)との出会いを描いていきます。ちなみにトム・スターリッジ(下の写真)は「パイレーツ・ロック」では少年役でしたが、いつの間にか立派な大人になっていました。
いうまでもなく、サル・パラダイスは「路上」の作者であるジャック・ケルアック(Jack Kerouac)本人、ディーン・モリアーティはケルアックが心酔していたニール・キャサディ(Neal Cassady)、そしてカルロ・マークスはアレン・ギンズバーグ(Allen Ginsberg)がモデルです。
そして、新年のニューオリンズへの旅で訪れるオールド・ブル・リー(Old Bull Lee)はウィリアム・S・バロウズ(William S. Burroughs)がモデルで、「偽りの人生」のヴィゴ・モーテンセン(Viggo Mortensen)が演じています。
妻や子どもたちと仲睦まじく暮らしているオールド・ブル・リーは、映画の中でサルと会話しながら空き瓶を撃っていましたが、実生活ではこの後、ニューメキシコに移住したバロウズが、妻の頭に乗せたグラスを撃ち落とそうとして彼女を射殺してしまうという悲劇に見舞われます。このように、モデルとなった人物の実人生をさりげなく織り込んでいることも特徴です。
たとえば、終盤でサルがタイプライターに巻き紙を入れて高速で文章を綴っていますが、これはケルアックが紙を交換する時間も惜しんで3週間で「路上」を書き上げたという逸話を取り込んだシーン。当然、小説にはありません。
ついでながら記せば、邦訳「オン・ザ・ロード」の翻訳者・青山南さんによると、3週間というのは小説が売れてTV出演したときにケルアックが吹いたホラだとのこと。書き出しだけでも十通り近くを18ヶ月かけて練っていて、構想から完成までにおよそ10年近くかかっているそうです。
また、同性愛者の相手をするディーンを、サルが冷ややかに見るシーンがありますが、これも、実人生のケルアックが、小説のイメージとは裏腹に、同性愛者やユダヤ人を差別する保守的な人物(後にギンズバーグをがっかりさせます)だったことにリンクしているのだと思います。
このように手の込んだ作りになっていますので、ビート・ジェネレーションに興味がある方にはいろいろ細かい部分をチェックしながら楽しめる映画です。
もちろんこの世界観を味わうだけでも十分に楽しめますし、サム・ライリー、ギャレット・ヘドランド、そして2人に愛されるメアリールー(Marylou)を演じたクリステン・スチュワート(Kristen Stewart)の3人が醸し出す自由で憂鬱な空気に身を委ねてしまえば、2時間半の旅があっという間に過ぎ去ってしまいます。
公式サイト
オン・ザ・ロード(On the Road)
[仕入れ担当]