「灼熱の魂」で鮮烈な印象を残したカナダの監督、ドゥニ・ヴィルヌーヴ(Denis Villeneuve)。その後も「プリズナーズ」「複製された男」「ボーダーライン」と注目作を発表してきましたが、これから日本公開される「メッセージ」の前評判も高く、続いて「ブレードランナー 2049」を手がけるなど、いまノリにノっている監督の1人です。
そんな彼が「灼熱の魂」の前年に撮った作品がこの「静かなる叫び」。この2作が2年連続でジニー賞(カナダのアカデミー賞)に輝き、現在に至る躍進の礎となった作品です。
しかし、ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督が注目される前の作品である上に、実際に起きた事件を下敷きにした地味なモノクロ映画ということもあり、今まで日本公開されていませんでした。それが現在、限定的ではありますが「未体験ゾーンの映画たち 2017」で上映されています。
映画のベースになったのは、1989年12月6日にケベック州のモントリオール理工科大学(Polytechnique Montréal)でマルク・レピーヌ (Marc Lépine) という25歳の男性が自動小銃(ルガーのMini-14)を乱射し、計14人の女性が亡くなった事件です。
被害者数だけでも十分に衝撃的ですが、この事件が特異なのは犯行理由がミソジニーだということ。最初に侵入したクラスで男女を分け、自分はフェミニズムと闘っている“Je combats le féminisme”と宣言して女性だけを撃ったそうです。そのクラスにいた9人の女性のうち6人が亡くなり、その後、カフェテリアなどに移動しながら主に女性を撃ち、20分間の銃撃で上述の死亡者の他、10人の女性と4人の男性が怪我をしました。犯人は現場で自殺しています。
その生い立ちはといえば、犯人が7歳のとき両親が離婚し、母親が看護の仕事に戻ったため、彼と妹はよその家に預けられて週末だけ母親に会う生活だったようです。カナダ軍への入隊申請を却下され、1982年(18歳)からカレッジで科学を学びますが、1986年には最終学年でドロップアウトしています。その後、コンピュータープログラムを学び始めるものの、これも途中で放棄しています。モントリオール理工科大学には2度の入学申請を出していますが、2つの必修科目が不足していたそうで、要するに何をやっても続かないタイプということですね。
複雑なのは犯人の父親がアルジェリア出身のアラブ系で男尊女卑の傾向が強い男性であること。家庭内暴力が原因で離婚に至ったようですが、犯人も少年時代に暴力を振るわれていたようで、犯人が14歳のとき、アラブ風のGamil Gharbiという名前から改名した理由は父親への憎しみだったとのこと。父親を激しく嫌いながら、怠惰な自分を認めたくないばかりに、父親と同じように女性蔑視へ逃げ込み、父親と同じように暴力に訴えたわけです。
この「静かなる叫び」は、このような事件の現場を舞台にして、架空の2人、負傷しながら生き残ることになるヴァレリーという女子学生と、怪我をした女子学生を救うことになるジャン=フランソワという男子学生にフォーカスして描かれていきます。上に記したような犯人の生い立ちにはほとんど触れません。誰もが知っている事件だから省略したのか、犯人固有の事情はどうでもいいということなのか、気になるところです。
ヴァレリーは航空機のエンジニアを目指していて、映画の冒頭はインターンの面接を受けに行くシーンです。そこで面接官に言われるのが、女性は出産などで辞めてしまうから採用したくないという考え。あまりにも典型的な性差別ですが、面接に行く前に友人のステファニーから女性的な装いを勧められたりするあたりを含め、男性中心の社会という普遍的な問題を扱おうとしているような気がしました。
会話を抑え気味にしていることもあって、ちょっとわかりにくい部分もありますが、いろいろと考えさせられる映画であることは間違いありません。
「未体験ゾーンの映画たち 2017」公式サイト
http://aoyama-theater.jp/feature/mitaiken2017
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