とってもブリティッシュな映画です。もとが舞台劇だけあってセリフがこなれていて、皮肉を交えた会話の応酬が楽しい1本。こぢんまりした作品ながら、主演のマギー・スミス(Maggie Smith)の熱演のおかげもあって上質なコメディに仕上がっています。
物語はロンドン・カムデンの住宅エリアに引っ越してきた劇作家のアラン・ベネット(Alan Bennett)と、軒先に停めたバンで暮らす老女との15年にわたる交流を描いたもの。アラン・ベネット本人が実体験をベースに舞台化し、本作と同じくマギー・スミスを配して1999年からクィーンズ・シアターで上演されたそうです。ちなみに2人ともオックスフォードで学んだ1934年生まれ。
本作はその舞台の映画化ということになりますが、監督を務めたニコラス・ハイトナー(Nicholas Hytner)は、過去に監督した2本の映画「英国万歳!」「ヒストリーボーイズ」がアラン・ベネットの原作で、アラン・ベネットを演じたアレックス・ジェニングス(Alex Jennings)も何度もアラン・ベネットの舞台に立っているという、英国らしく内輪な作品です。
映画の幕開けは、ミス・シェパードがなぜバンで暮らすようになったかを示唆する1960年の事故シーン。そしてバンで暮らすミス・シェパード、要するにホームレスですが、彼女の悪臭を文学的に表現しようとアラン・ベネットが苦悶するシーンが続きます。ミス・シェパードは以前からこの界隈の路上で生活していたようですが、1974年頃に道路が駐車禁止となり、それを不憫に思ったアラン・ベネットが自宅の駐車スペースを提供したのがそもそも始まりです。
なぜミス・シェパードに自宅前のスペースを提供しようと思ったかといえば、彼女が芝居のネタになりそうだと思ったから。彼女を不憫に思ったのは生活者としてのアラン・ベネット、ネタに使えると思ったのが劇作家のアラン・ベネットで、その2つの人格が映画の中で対話して彼のアンビバレントな内なる声を伝えます。
ミス・シェパードは悪態ばかりついているひねくれたホームレス(間違っても「お手本」にはできません)ですが、地域住民から排除されることもなく、付かず離れずといった感じで見守られていたようです。カムデンといっても、彼らが暮らすグロースター クレセント(Gloucester Cres)は裕福な人々が暮らす住宅街のようで、きっとノブレス・オブリージュ的な意識が醸成されているのでしょう。
そういった流れで路上から劇作家の駐車スペースに移動したミス・シェパードと交流が始まるわけですが、彼女の特徴といえば、誰かが演奏している音楽を聴くのが嫌いなことと、バンの窓にキリスト像をベタベタ貼りつけている信心深さ。そのせいで、アラン・ベネットのもとにエホバの証人が布教活動に来たりするのですが、ちょっとネタばれしてしまえば、戯曲を書く上でplay(演奏)とpray(祈り)をかけているわけです。
このような小ネタが散りばめられていて、例えば上記の繋がりでいえば、カソリック教会の闇を暴きながら、フォークランド出兵に向けて演説するサッチャー首相をチラ見せしたりします。時代背景を示す場面ですが、本作の出演者に、映画「マーガレット・サッチャー」でデニス・サッチャーを演じていたジム・ブロードベント(Jim Broadbent)や、政策顧問のゴードン・リースを演じていたロジャー・アラム (Roger Allam)がいることも絡めていると思います。
またアラン・ベネットのもとに夜な夜な男性が訪ねてきて、これは彼がゲイだからなのですが、実はコミュニストなのではないかとミス・シェパードが疑ったりするわけです。そこで訪ねてくるピアスの男性を演じたラッセル・トーヴィー(Russell Tovey)は「パレードへようこそ」で主人公マークの元カレ、ティム役だった人。この設定も内輪で面白がってそうです。
その他の出演者では「はじまりのうた」「ワン チャンス」のジェームズ・コーデン(James Corden)が露天の青果商の役で出てきます。最近は映画俳優というよりもCarpool Karaoke(The Late Late Show with James Corden)のホストといった方がわかりやすいかも知れませんね。私も新しい動画が公開されると必ず観ています。
そんなわけで、気のきいた小ネタや風刺が満載で、マギー・スミスの迫真の演技が堪能できる良作です。こういった英国ノリがお好きな方には特にお勧めです。
公式サイト
ミス・シェパードをお手本に(The Lady in the Van)
[仕入れ担当]