映画「物語る私たち(Stories We Tell)」

00 「アウェイ・フロム・ハー」「テイク・ディス・ワルツ」に続くサラ・ポーリー(Sarah Polley)監督の3作目は、一風変わったドキュメンタリー映画です。

一風変わった、というのは、形式的にもインタビュー形式で撮られていますし、内容的にも家族の真実に迫っていくドキュメンタリー作品であることに間違いないのですが、単純に現実を映像化しただけでなく、ちょっとしたトリックを使って作られているから。それに気付いた観客が「果たしてこれはドキュメンタリー映画といえるのだろうか?」と考え込んでしまう仕掛けになっています。

ですから、エンドロールが終わるまで席を立ってはいけませんし、各シーンを細部までよく注意して観た方が良い作品です。また、寺尾次郎さんの素晴らしい字幕が付いていますが、登場人物たちの英語の語りに、直接、耳を傾けた方がより感じるものが多くなると思います。

本作のテーマは、ずばり、サラ・ポーリーの実の父親探し。

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12歳のときに母親をガンで亡くした彼女。兄姉もいるのですが、少し歳が離れているため、父親のマイケルとは何年か2人暮らしたこともある、とても仲の良い父娘です。しかし、幼少の頃からふざけ半分で語られてきた「あなただけ顔が似ていないから、父親が別にいるに違いない」という家族内のジョークが、母親の死後、笑い話ではないのでは?と思い始めます。

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母親のダイアンは、若い頃に一度結婚したのですが、俳優だったマイケルに惹かれ、不倫の末に離婚した人。保守的な時代でしたので、ダイアンの不倫に世間は厳しく、子どもの親権を剥奪され、新聞に載るほどのスキャンダルになったようです。

しかし、波乱の末に再婚したマイケルも、舞台上の情熱的な姿とは裏腹に、家庭ではまじめな夫。それに飽き足らなくなったダイアンは、モントリオールの舞台に立つ仕事を入れ、しばらくマイケルと離れて暮らしていた時期がありました。その後、彼女がトロントに戻ってきて生まれた子どもがサラ。

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そういった経緯を知ったサラ・ポーリーは、関係者へのインタビューを決行します。父親や兄姉、昔のダイアンを知る人たち、そしてダイアンと一緒にモントリオールの舞台に立った男優たち。割と早い段階で、生物学的な父親が別にいることがわかり、DNA鑑定で科学的な裏付けもとれます。問題は、それをどのように育ての父親であるマイケルに伝え、今まで通り、家族がうまくやっていくかということ。

この映画のベースとなる文章を執筆し、ナレーションをしているのは育ての父親マイケルですから、結果的に落ち着くべきところに着地したわけですが、多くの困難を乗り越えてきたことは想像に難くありません。

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実際、2007年には彼女の出生の秘密をジャーナリストに嗅ぎつけられ、「家族にも育ての父親にも秘密にしていることだから書かないで欲しい」とお願いしたと、2012年の映画完成時に書いています。その後、隠し通せる秘密ではないと悟り、マイケルに真実を伝えたところ、彼はショックを受けながらも怒りはせず、自分に欠けていた点を見つめ直して、ことの次第を素直に書き綴ったそうです。

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その事実を核にして、ダイアンを知る人たちの語りをベースに、マイケルが撮り溜めていた古い8ミリ映像を織り交ぜて展開していく映画です。

各人、それぞれの立場から語りますので、同じ出来事でも幾通りの見え方があり、そこに見え隠れする各人の愛やエゴの切り取り方に、サラ・ポーリーらしい視点を感じます。地味な割に、とても味わい深い一本です。

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本筋とはあまり関係ないのですが、オープニングテーマにBon Iverの"Skinny Love"が使われていたあたりも、個人的には好きでした。映画「君と歩く世界」と「プレイス・ビヨンド・ザ・パインズ」にも同じアルバム(For Emma, Forever Ago)から"The Wolves"が使われていて、Bon Iverの曲が使われているのはセンスの良い映画、という個人的な法則ができてしまいそうです。

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物語る私たちStories We Tell

[仕入れ担当]