映画「ある愛へと続く旅(Venuto al mondo)」

Mondo0 とても感動的なイタリア映画でした。情景のひとつひとつが心に染み入り、終映後、それを反芻しているうちに、新たな感動が芽生えてくるタイプの映画です。岩波ホールあたりで上映されそうな文学的な作品ですが、主演のペネロペ・クルス(Penélope Cruz)のおかげか、結構な入りでした。

監督は「赤いアモーレ」のセルジオ・カステリット(Sergio Castellitto)。同作の原作者であり、監督の妻でもあるマルガレート・マッツァンティーニ(Margaret Mazzantini)が書いたベストセラー小説の映画化だそうですが、残念ながら邦訳は出ていません。というか、彼女の小説は「赤いアモーレ」の原作「動かないで(Non ti muovere)しか日本語で読めないんですよね。著名な作家なのに不思議です。

そして本作でも「赤いアモーレ」に引き続き、ペネロペ・クルス(Penélope Cruz)が主役を務めています。今や世界的な大女優となったペネロペ・クルスですが、実は「赤いアモーレ」で獲得した2004年度ドナテッロ賞(イタリア・アカデミー賞)が初の国外での受賞であり、2年後の「ボルベール〈帰郷〉」を経て世界に羽ばたいていく大きな転換点となった作品です。

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そんな縁のある監督と原作者と主演女優のチームに、「イントゥ・ザ・ワイルド」や「ウッドストックがやってくる!」の好演が記憶に新しいエミール・ハーシュ(Emile Hirsch)を迎え、さらに監督夫妻の実の息子であるピエトロ・カステリット(Pietro Castellitto)をペネロペ・クルスの子ども役に配して制作された映画です。

また、精神科医の役でジェーン・バーキン(Jane Birkin)がちらっと出てきますし、監督のセルジオ・カステリットが大佐の役で出演しているのもご愛嬌といった感じでしょうか。

映画の幕開けは、イタリアで暮らすジェンマのもとに、ボスニア・ヘルツェゴビナで暮らすゴイコがかけてきた一本の電話。サラエボで写真展を開催するから観に来て欲しいという用件なのですが、それがジェンマにとって、自らの歴史を再確認する旅の口火を切ることになります。

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ペネロペ演じるジェンマは、1990年代前半、文学研究のためにサラエボに赴き、現地ガイドだったゴイコの紹介でアメリカ人フォトグラファーのディエゴに出会います。2人は恋に落ちますが、ジェンマはイタリアに帰国して婚約者と結婚。

その数年後、ジェンマを忘れられないディエゴがイタリアを訪ね、離婚していたジェンマと再会して2人は結婚します。しかし、ジェンマの卵子に問題があることがわかり、ディエゴも周囲の人たちも子どもを持たない人生を勧めるのですが、ジェンマはそれを受け入れられません。

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気持ちを切り替えるためでしょうか、ディエゴとジェンマはサラエボを再訪することになります。現地の旧友たちと再会し、ジェンマの事情を知った旧友ゴイコから、代理母を紹介されます。

その代理母というのが、ニルヴァーナを愛する赤毛の少女アスカ。彼女との交流を通じてジェンマの意志が固まっていき、最初は否定的だったディエゴも、ジェンマに押されて同意することになります。

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そこから、文学でしか表現し得ないような宿命の物語が展開していくのですが、下手な梗概を読むより、実際に映画をご覧になった方が100倍感動的だと思いますので、この先を書くのは控えます。イタリア映画らしく「家族の姿」を追求した物語だと考えていただければ良いのではないでしょうか。

見どころの一つが、学生時代から、ティーンエージャーの子どもを持つ母親まで、ジェンマの20年の歳月を1人で演じたペネロペです。もともと表情が愛らしい人ですし、この映画の中でも踊るシーンなどとってもキュートなのですが、特殊メークを使った老け役もできるというのは新たな発見でした。

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また、ディエゴ役を演じたエミール・ハーシュ。陽気なアメリカンのようで、実は少年時代、両親のドメスティックバイオレンスをクロゼットに隠れて見て見ぬふりをしていたというトラウマを抱えた複雑なキャラクターです。このトラウマが、サラエボでの彼を追いつめていくわけですが、そういう隠された内面のもろさが透けて見えるような演技が上手いと思いました。

余談ですがこのエミール・ハーシュ、先週の日曜日に子どもが生まれたという情報が流れていますが、その母親が誰だかは今のところ公表されていません。

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そして大切なポイントとなるのが、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争。映画館で後ろの席だった2人組が、終映後、かなり的外れな話をしていて気になったのですが、この紛争に関するイメージがないと、もっと言えば、民族浄化(ethnic cleansing)と称して何が行われたか知らないと、なぜこういう展開になるのか理解できないと思います。

以前、アンジェリーナ・ジョリーの「最愛の大地」を取り上げたときもいろいろ記しましたが、欧州の人々に大きなショックを与えた紛争でしたので、この映画もその記憶を前提にしていて、たとえば兵舎から女性が身を投げるシーンなど、何も説明されなくても観客はその理由が理解できるわけです。

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U2に「ミス・サラエボ(Miss Sarajevo)」という曲があります(Youtube)。これはオペラ歌手の故ルチアーノ・ パヴァロッティ(Luciano Pavarotti)がサラエボを支援するチャリティーコンサートを計画し、ダブリンのボノを訪ねて出演を依頼したことから生まれた楽曲だと言われています。それだけイタリアでも意識が高まっていたということですね。

さいたまアリーナでのU2来日公演のときに、この曲に合わせて世界人権宣言(Universal Declaration of Human Rights)の日本語訳がスクリーンに映し出されていました(参考:Vertigo Tour live in Milan)。戦闘が収まったとはいえ、U2としては、この人道的危機を改めて世界に訴える必要性を感じていたのだと思います。

ご存じの通り、ボスニアの紛争は未だ解決したわけではなく、つい先日も、ずっと延期されてきた国勢調査(議席配分と関係するようです)が実施され、2014年初めに結果が公表されると報道されました。

そんなわけで、ちょっとした基礎知識が必要かも知れませんが、とても感動的な映画ですので、ぜひご覧いただきたいと思います。

公式サイト
ある愛へと続く旅

[仕入れ担当]