映画「ドッグマン(Dogman)」

dogman先週に続いてイタリア映画祭で観てきた作品です。約10年前にカンヌで高い評価を受けた「ゴモラ」の監督、マッテオ・ガローネ (Matteo Garrone)の最新作。イタリア南部のうらびれた街で犬のトリマーをしている主人公が、暴力に支配された世界から、自分の生活を取り戻すという物語です。

一種のクライムサスペンスというのでしょうか。マフィアは出てきませんが、そういった反社会的な人々が日常の中に存在し、直接間接を問わず、一般市民の暮らしに影響を与えている地域を舞台にした映画です。本作のクライマックスとなる、暴力的な元ボクサーとおとなしい犬のトリマーの一件は、実際に1988年2月18日に起きた陰惨な事件(関係者の名前はRicciとPietro De Negri)を下敷きにしているそうですが、思ったほどエグいシーンはありませんので、普通に見に行ける作品だと思います。

映画の始まりは主人公のマルチェロが獰猛そうな犬をなだめながらシャンプーしているシーン。低く唸る犬の口もとがスクリーンいっぱいに映し出され、思わず身を縮めてしまいそうになります。

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みるからに気弱そうなマルチェロには、離婚した妻と一人娘がいて、彼が娘を非常に大切にしていることがわかってきます。また、地域の仲間とサッカーに興じるなど、地元社会に溶け込んで生活していることもわかります。つまり、犬好きで、それを仕事にしていて、仲間とも娘ともうまくいっている、それなりに幸せな男です。

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対する彼の友だち、元ボクサーのシモーネは粗野で凶暴、この街の鼻つまみ者です。しかし、なぜかマルチェロとは通じていて、一緒にコカインをやったり夜の街で出かけたりする仲間。といっても、マルチェロが思い通りにならないと、暴力をふるって強制するような間柄で、幼なじみや親族といった古い関係なのか、コカインを通じて繋がっているのか映画ではわかりませんでしたが、いずれにしても仲の良い友だちというイメージではありません。

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母ひとり子ひとりでいまだ親離れしきれていないシモーネは、どうやら盗みなどの犯罪を繰り返して収入を得ているようです。ですから、裕福ではないながらも“ドッグマン”という自分の店を持ち、コカインを信用買いできるマルチェロは価値のある仲間なのでしょう。序盤でマルチェロを巻き込んで空き巣をはたらくシーンが出てきますが、そのときのシモーネたちの行動と、その後始末をするマルチェロの行動を見せることで、マルチェロが本質的な悪人ではないことが伝えられます。

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ある日、マルチェロの店にやってきたシモーネが、隣の店との間仕切り壁が張りぼてだと気付きます。隣りは貴金属の買い取り業者ですので、金庫には買い取ったゴールドと、買い取るための現金が眠っており、シモーネはこれを狙いたいと言うのです。

もちろんマルチェロは反対しますが、盗みは自分がやる、店に入れるようにしてくれるだけで、何もせずに分け前を得られるのだから、協力しろと脅します。娘との約束で、いくばくかのお金が欲しかったマルチェロは、結局、彼の言うことを聞くことになります。

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犯罪は成功しますが、当然、警察はマルチェロを共犯者とみて尋問します。手引きしたことを自供すれば釈放してやるという交換条件ですが、お金が欲しいマルチェロは口を割らず、収監されることになります。

そして1年後、刑期を終えて戻ってきたマルチェロは、仲間を裏切った男として地域社会で孤立します。娘との関係だけはつなぎ止めたいマルチェロはシモーネに分け前をもらいに行くのですが、その要求を鼻で嗤うだけでシモーネははした金しか渡しません。今まで従順に言うことを聞いてきたマルチェロでしたが、これにはさすがに憤って……という感じで物語が進んでいきます。

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この映画の最大のみどころは、主役のマルチェロを演じたマルチェロ・フォンテ(Marcello Fonte)の迫真の演技でしょう。昨年のカンヌ映画祭で主演男優賞を獲得した他、ヨーロッパ映画賞などで栄冠に輝いています。諦観しつつ静かな怒りをたぎらす虚無的な表情と、人との繋がりを求め続ける孤独感のバランスが絶妙です。いくつかのシーンは、ウィスキーを飲んでから演じるように監督に勧められたそうで、それもあってか、普段通りなのか常軌を逸しているのか境界が曖昧になっていく演技にリアリティがありました。

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シモーネを演じたエドアルド・ペーシェ(Edoardo Pesce)ほか、それほど有名な役者は出ていませんが、マルチェロの娘アリーダを演じたアリーダ・バルダリ・カラブリア(Alida Baldari Calabria)は、同監督の次作「ピノキオ」に青い妖精の役で出演するそうで、これからの成長に注目です。

公式サイト
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