フィンランドの名匠アキ・カウリスマキ(Aki Kaurismäki)監督の最新作です。「TOVE トーベ」のアルマ・ポウスティ(Alma Pöysti)が主演し、今年のカンヌ映画祭で審査員賞を受賞しています。
前作「希望のかなた」、前々作「ル・アーヴルの靴みがき」では欧州に流れ込む移民の問題を取り上げていましたが、今回はストレート過ぎるほど真っ直ぐなロマンスです。とはいえ、その背後にはウクライナの戦禍やアルコール依存などの社会問題があり、それらを滲ませながら労働者階級の悲哀を描いていきます。
物語の舞台はヘルシンキ。時代は特定していないようで、ウクライナの戦況を伝えるラジオ放送だけ聞いていると現在のようですが、劇中で登場するパブ(California Pub)の厨房に貼られていたのは2024年のカレンダー、登場人物たちが使っているのはスマホが普及する前の小ぶりな携帯電話、さまざまな場面で昔ながらの路面電車やラジオが登場し、映画館では2019年製作の「デッド・ドント・ダイ」が上映されています。ノスタルジックな世界観で覆うことで、生々しさを薄めた不思議な空間です。
映画の始まりは、スーパーマーケットのレジカウンターで会計されていく冷凍肉の映像。大量に買い込んで備蓄しておくのか、レジ係がベルトコンベアで流した何パックもの肉塊が積み重なっていきます。それらは食べ物というより、ただ流れ作業で処理されていくモノに過ぎません。
その巨大スーパーで働いているのが主人公の一人であるアンサ。フィンランド語でAnsaというのはtrap、罠とか仕掛けとかの意味だそうですが、廃棄する食品を貰いに来たホームレスへの親切な対応をみる限り、裏表のない善良な女性のようです。

もう一人の主人公、ホラッパはサンドブラスターで部品洗浄している労働者で、職場の寮と思われるコンテナハウスに住んでいるのですが、同僚で同居人のフオタリに誘われて嫌々ながらカラオケバーに出かけ、スーパーの同僚リーサと訪れていたアンサと出会うことになります。とはいえ、フオタリがリーサに話しかけただけで、アンサとホラッパが話したわけではありません。お互いに何となく気になるといった距離感です。
二人はは惹かれ合っているにもかかわらず、なかなか接近しません。たとえばバス停で酔いつぶれて寝ていたホラッパのそばをアンサが偶然に通りかかりますが、ちょっと声をかけただけで、目の前に到着したバスで立ち去ってしまいます。
アンサはスーパーの廃棄食品を少し持ち帰って夕食にしているのですが、ある日の退勤時、抜き打ちの荷物検査があって見つかってしまいます。たかが小さなサンドイッチひとつですが、上司は容赦なく彼女を馘首にしてしまいます。収入を失い、電気代の支払いにも困った彼女は、インターネットカフェのPCを使ってカリフォルニアパブの仕事を見つけます。
皿洗いとして採用されるのですが、ほどなくパブのオーナーが薬物の違法売買で捕まって休業になってしまいます。まだ給金を受け取っていなかったアンサは呆然と立ち尽くしますが、たまたまその場に居合わせたホラッパがアンサをカフェに誘ったことで、二人は初めて会話を交わすことになります。
そして二人はリッツ劇場という古めかしい映画館で「デッド・ドント・ダイ」を観ます。カウリスマキの映画に出演したこともあるジム・ジャームッシュ監督の作品ですね。
デートっぽい展開ですが、二人はまだ互いの名前すら知りません。別れ際、「気狂いピエロ」のポスターの前でアンサが電話番号を書いた紙切れを渡し、二人の道筋が開けそうになりますが、彼女を見送ったホラッパが煙草を吸おうとポケットに手を入れた瞬間、紙切れが飛んでいってしまいます。

ホラッパはコンテナハウスに帰ってから電話番号を失ったことに気付き、翌晩からリッツ劇場の前でアンサが通りかかるのを待ちます。電話を待ちわびたアンサもリッツ劇場の前に行ってみますが、ホラッパが立ち去った後で、煙草の吸い殻が積み重なっているだけでした。
さらに運の悪いことに、もともと調子が悪かったサンドブラスターのホースが外れてホラッパは怪我をしてしまいます。整備を怠った雇用者の責任ですが、救急車の到着前にアルコール検査をすることになり、ホラッパは飲酒していたことがバレて馘首になります。寮住まいだった彼は住居も失い、ベンチで寝るような生活に追い込まれてしまいます。

離れていた二人は、また偶然に出会い、アンサの部屋で食事するところまで進むのですが、ホラッパの飲酒が原因でまた離れてしまうことになります。こうして出会ったり離れたりしながら、ふわっとした物語がとりとめなく紡がれていきます。

他愛ないエピソードが積み重なっていくだけの作品ですが、随所でクスッと笑わせたり、細かい仕掛けがあったりするところがカウリスマキらしいところでしょう。
たとえばアンサがリーサにホラッパの愚痴をいう場面。彼女たちがいるカフェの名前がブエノスアイレスというのも気になるところですが(この店でしょうか)、二人の飲み物のマドラーが寿司モチーフなのは非常に気になります。下の写真は前作「希望のかなた」上映時に配られたノベルティのシールですが、この映画からの引用ですね。

衣装の色の使い方も特徴的ですが、音楽も例によって工夫されています。特に印象に残ったのはマウステテュトット(MAUSTETYTÖT)という女性デュオのバンド。まったく愛想がなくて、非常にカウリスマキ的ですが、実際にフィンランドで活躍しているミュージシャンだそうです。

ということでカウリスマキ的な世界にどっぷり浸れる一本です。劇中のラジオからはずっとウクライナの被害が流れていますが、それとは対照的にほのぼのとした後味を残してくれます。年末年始の空き時間にのんびり楽しめる映画だと思います。

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枯れ葉
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