映画「ドリームプラン(King Richard)」

King Richard 世界最強のテニス選手姉妹、ビーナス&セリーナ・ウィリアムズを育て上げた父親リチャード・ウィリアムズ(Richard Williams)にフォーカスした映画です。その個性的な父親が自ら立案した“プラン”に基づき、妻オラシーン(Oracene ‘Brandy’ Williams)との間に生まれた姉妹を育て上げていきます。

夫婦は共に再婚で、リチャードの子どもは元妻と暮らしていたようですが、オラシーンは3人の娘、イェトゥンデ(Yetunde)、リンドレア(Lyndrea)、イシャ(Isha)を育てていました。映画の始まりは、リチャードがオラシーンとの間に子どもを作ろうと“プラン”を語るところから始まります。

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彼が考えていた“プラン”というのは、生まれた子どもをテニス選手にして裕福になろうというもの。テニス選手のバージニア・ルジッチ(Virginia Ruzici)がトーナメントで優勝し、4万ドルの賞金を受け取ったことをTVで知って思いついたそうですが、ほとんどテニス経験がなく、優秀なコーチをつける資金力もないのに、なぜそれを実現できると思ったのかは最後まで謎です。

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この当時のプロテニス界は白人が多数派で、アフリカ系には入り込みにくい雰囲気もありました。彼ら一家が暮らしていたのはヒップホップグループNWAを描いた映画「ストレイト・アウタ・コンプトン」でお馴染みのカリフォルニア州コンプトン。偉大なチャンピオンは“ゲットー”から生まれるというリチャードの信念で引っ越したそうですが、米国で最も犯罪率が高い都市であり、実際、2003年にはボーイフレンドと車内でお喋りしていた長女イェトゥンデが銃撃されて死亡しています。

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そんな街でリチャードは幼いビーナス&セリーナを公営テニスコートに連れて行き、雨の日も関係なく厳しいトレーニングを行います。映画で描かれているとおり、近所の家から虐待で通報されたこともあったようです。

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リチャードは夜勤の警備員、オラシーンは看護婦として働き、エホバの証人の信者として規律正しく暮らすこの夫婦。娘5人を分け隔てなく厳しく育て、結果的に長女は母親と同じ看護婦、次女リンドレアはウェブデザイナー、三女イシャは弁護士になり、イシャはこの映画のプロデュサーも務めています。

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四女ビーナスと五女セリーナに対しても、テニスだけでなく学校の勉強にも力を入れるように躾けます。最初のコーチ、ポール・コーエン(Paul Cohen)の時代にビーナスはUSTAジュニアツアーに参戦し、初めて試合に出た10歳から立て続けに63勝しますが、11歳になってからはツアー参加をやめ、普通の子どもとして学校に通います。

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そこがリチャードの独特なところで、その理由の一つは多くの黒人が薬剤や犯罪行為に引き込まれて身を持ち崩していってしまうことを知っていたから。黒人というだけで差別され、チャンスを得がたい上に、もし頑張って這い上がっても、やっかみや反感で引きずり下ろされてしまうのが常です。それを避けるために、しっかり勉強して社会常識を身につけることが大切だと考えたのです。

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もう一つの理由は、数々の史上最年少記録を樹立したジェニファー・カプリアティ(Jennifer Capriati)が、燃え尽き症候群になって安物の指輪を万引きし、マリファナ所持で捕まったというニュースを見たこと。有望な少女は、スポンサーなどさまざまな大人が寄ってたかって食い物にされた挙げ句、精神的に自滅していってしまうという現実があります。

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未熟な黒人の少女が脚光を浴びれば必ずや叩かれる。自らの経験からそう固く信じているリチャードは、白人や白人コミュニティを警戒すると同時に、ビーナス&セリーナに謙虚に振る舞うことの大切さを叩き込みます。エホバの証人に入信したのは、そういった教育方針を補強するためだったようですが、この宗教の教義が家父長制的な傾向を持っていたことも気に入ったのだと思います。

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つまりウィリアムズ家では父親であるリチャードが絶対であり、それを滲ませたのがこの映画のシェークスピアばりの原題なのです。ですから有名選手になる娘たちよりリチャードが目立ち、娘たちを意のままに操ろうとします。ウィル・スミス(Will Smith)が演じたことでかなりイメージが良くなっていますが、それは映画「リスペクト」でアレサ・フランクリンの父親をフォレスト・ウィテカーが演じたときと同じで、実際はかなり問題の多い人物だったようです。

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映画の中にも妻オラシーンと衝突する場面がありますが、この時代の後、2002年に二人は離婚します。エホバの証人は離婚条件が厳しいそうですので、おそらく教団が認めるだけの重大な理由があったのでしょう。後にリチャードはビーナスと同世代のレキーシャ・グラハムと再婚し、息子を一人もうけて2017年に離婚しています。

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それはさておき、コーチをポール・コーエンからリック・メイシーに換えた一家はフロリダに転居して生活を一変させます。ビーナス&セリーナのコーチを依頼するだけでなく、家族の住居やリチャードの仕事も用意させた挙げ句、メイシーの取り分は、将来、ビーナス&セリーナが稼いだ額の15%というのですから、メイシーとしても大きなギャンブルですね。

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フロリダに移ってからもツアーへの参加を見送っていましたが、1994年、ビーナスの強い希望でバンク・オブ・ウェスト・クラシック(Bank of the West Classic)に参戦し、彼女のプロデビュー戦でショーン・スタッフォード(Shaun Stafford)に勝利します。次は強豪アランチャ・サンチェス・ビカリオ(Arantxa Sánchez Vicario)との対戦となり、感動的なクライマックスへと展開していきます。

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監督を務めたレイナルド・マーカス・グリーン(Reinaldo Marcus Green)はTVを中心に活躍してきた人だそう。あまり有名な俳優はキャスティングされていませんが、オラシーン役で「ビール・ストリートの恋人たち」でファニーの母親を演じていたアーンジャニュー・エリス(Aunjanue Ellis)、リック・メイシー役で「フォードvsフェラーリ」でアイアコッカを演じていたジョン・バーンサル(Jon Bernthal)が出ています。

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公式サイト
ドリームプランKing Richard

[仕入れ担当]