映画「プロミシング・ヤング・ウーマン(Promising Young Woman)」

PromisingYoungWoman 復讐劇とロマンティック・コメディを組み合わせた珍しいタイプの映画です。とはいえ、脚本兼監督のエメラルド・フェネル(Emerald Fennell)がアカデミー賞の脚本賞を受賞しただけあって展開はいたってスムース。細かい突っ込みどころはありますが、違和感なく楽しめると思います。

エメラルド・フェネルは「ザ・クラウン」でカミラ・パーカー・ボウルズ役を演じていた女優で、これが初監督作品だそうですが、本人が作品賞、監督賞、脚本賞、キャリー・マリガン(Carey Mulligan )が主演女優賞、フレデリック・トラヴァル(Frédéric Thoraval)が編集賞とアカデミー賞5賞にノミネートされる快挙を成し遂げました。ちなみに英国人女性が米国アカデミー賞の監督賞にノミネートされたのは初めてだそうです。受賞できると思っていなかったのか、脚本賞が発表されたとき、スピーチを用意してこなかったと(授賞式のプロデューサーであるスティーヴン・ソダーバーグに)謝っていましたが、陽気でほのぼのとした雰囲気の女性です。

さて映画の内容ですが、キャリー・マリガン演じるカサンドラ、通称キャシーは医学部を中退してコーヒーショップでアルバイトしている30歳の女性。なぜ中退したか、その理由がこの物語の起点であり原動力なのですが、それはともかく映画の始まりは、クラブで泥酔して正体を失っているキャシーを眺めながらニヤけた顔で会話している3人組の男たちを捉えた映像から。

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会話の内容はといえば、あれだけ酔っていれば誘っているのと同じだということ。案の定、その一人が彼女に話しかけ、うまく話を進めて部屋に連れ込んでしまいます。ソファでオレンジリキュールを勧めながら、君は美しいなどと言って口説きに入るのですが、気分が悪いので横にならせて欲しいと言うキャシー。思う壺とばかりにベッドに寝かせ、服を脱がせようとした途端、朦朧としていたはずのキャシーが起き上がって“What are you doing?”と尋ね、重ねて”I said, what are you doing?”とドスをきかせます。

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要するに、酔ったフリをして誘わせ、手を出そうとした男性たちに制裁を加えているのです。実際にこのようなことをしたら非常に危険でしょうが、この映画に登場する男性たちは“まともな人”ばかりですので、暴力を振るうこともなく、素面に戻ったキャシーに説教されるだけです。もちろん、泥酔している女性に手を出そうとした時点で“まともな人”ではないという意見もあるでしょうが、自分を“まともな人”だと思っている男性の多くが、罪の意識なく似たようなことをしている事実にフォーカスしたのがこの映画なのです。

キャシーがこういった男性たちに制裁を加えるようになったのは、10年ほど前、親友だったニーナが泥酔し、同級生のアルから衆人環視の中でレイプされたことが原因。ニーナはその被害を訴えたものの世間から相手にされず、悲観して自殺してしまいました。キャシーはそれ以来、親友の自殺によるトラウマと、彼女を救えなかった罪悪感から抜け出せず、自らの内面と折り合いを付けるためにこのような復讐を続けているのです。

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タイトルの”Promising Young Woman”はスタンフォード大学レイプ事件に関する2016年の判決に由来しているようです。水泳部のスター選手だったブロック・ターナー(Brock Turner)がパーティで泥酔していた女性に暴行した事件について、アーロン・パースキー判事は、被告が前途有望な若者(promising young man)であることを理由に量刑を軽くしました。もちろん、被害者より加害者に配慮した判決は大きな議論を呼びます。

本作のタイトルは、被害を受ける女性の側もそれぞれ前途有望だという主張なのでしょう。そういう意味で、ニーナは不利な状況に追い込まれてしまう女性の象徴であり、キャシーはそういった世の中に怒るすべての女性の象徴なのだと思います。

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そんなキャシーが働くコーヒーショップに、偶然、医学部時代の同級生ライアンが来店します。小児科医として働いている彼は、何でこんなところで働いてるの?といった表情を見せるのですが、それを誤魔化そうとして面白いやりとりがあった後、キャシーの連絡先を聞き出します。しかしそれはウソの電話番号。それにもめげず再来店したライアンは何とかデートの約束を取り付け、彼女とホットドッグ屋(The Hawt Dog)で気軽なランチを楽しみます。

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コーヒーショップ店長のゲイル以外、他人と関わらず暮らしてきたキャシーですが、彼との再会で頑なな心がほぐれ始めます。パリス・ヒルトンのStars Are Blindで盛り上がってロマンティック・コメディらしい展開になるのですが、彼は医学部を卒業し、今も同窓生と接点を持っています。キャシーに新しい生き方をもたらすと同時に、忌まわしい過去も呼び起こしてしまうのです。それがキャシーの心を乱し、過去を清算しようと決心させたことで、物語が新たな復讐劇へと変化していきます。

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この映画は、監督の世界観とキャリー・マリガンの雰囲気がかみ合ったことで成功した作品だと思います。当初は、プロデューサーも務めているマーゴット・ロビー(Margot Robbie)が主演する案もあったようですが、彼女の派手な顔立ちではこれほどうまく収まらなかったでしょう。ポップで明るい映像とキャリー・マリガンの可愛らしさを最大限に活かした作品です。

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ライアンを演じたボー・バーナム(Bo Burnham)も適役でした。コメディアン出身で、「ビッグ・シック」で主人公の相方のコメディアンを演じ、「エイス・グレード」の脚本を書いて監督した才人ですが、彼の気さくなたたずまいと軽妙な語り口がこの映画の楽しさと明るさの側面を支えています。

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またゲイル役を演じたラバーン・コックス(Laverne Cox)もいい味を出していました。「オレンジ・イズ・ニュー・ブラック」で注目を集めたトランスジェンダーの女優ですが、心に闇を抱えたキャシーが働く職場の上司としてぴったりです。

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