映画「オッペンハイマー(Oppenheimer)」

Oppenheimer 話題作ですね。これまでクリストファー・ノーラン(Christopher Nolan)監督の作品はこのブログで「インターステラー」「ダンケルク」「テネット」の3作を取り上げているのですが、うち2作が“話題作ですね”という書き出しになっているほど、常に話題をさらってきた監督です。とりわけ本作はテーマが核兵器開発ということもあって映画界の外でも注目を集め、ユニバーサル・ピクチャーズ(東宝東和)は日本での配給を見送りましたが、主にミニシアターでかかるような小品を手がけてきたビターズエンドが引き受けたことで、日本でも観られることになりました。

さらに先月のアカデミー賞で作品賞、監督賞、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、編集賞、作曲賞の7部門を制し、注目度が上がった状態での公開となりましたので、当初の腰の退けた感じから大々的に売り出す方向へと大きく舵を切ったようです。おかげでIMAXなど優れた設備を供えたシアターで上映されることになり、撮影技術にこだわりのある監督としては一安心といったところでしょう。

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さて、映画の内容はといえば、人類初の核実験を成功に導き、原爆の父と呼ばれることになる物理学者、J・ロバート・オッペンハイマー(J. Robert Oppenheimer)の半生を描いていくもので、主軸となるのは物理学者として頂点を極めるまでの経緯とその後の政治的失脚の背景です。話としては単純なのですが、この監督らしく時間軸を前後させながら進んでいきますので、馴れていないと混乱するかも知れません。

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また、マンハッタン計画は米政府の威信をかけたプロジェクトであり、ロスアラモス研究所には当時の一線級の物理学者が多数招聘されましたので、登場人物が非常に多いこともわかり難さに拍車をかけます。物理学に明るい人なら誰もが知るような科学者とはいえ、一般の人にとっては初めて聞く名前であり、その業績や原爆開発への貢献度がわかりませんので、ストーリー的に重要なのか、有名な人物だから触れただけなのか判断できないのです。

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映画の幕開けは1954年、一時は英雄と崇められたオッペンハイマーがスパイ容疑をかけられ、公聴会で追求を受けている場面で始まります。併行して彼を陥れた首謀者であるストローズ(Lewis Strauss)の商務長官承認の公聴会も描かれますが、こちらは1959年ですので時間差があります。実はこの2つの公聴会で描かれるオッペンハイマーとストローズの対比と人間ドラマがこの映画の核心のようなのですが、これを面白いと思うかどうかでこの映画に対する評価が変わりそうな気がします。

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というのは、水爆の開発に反対したオッペンハイマーと推進者だったストローズが対立し、オッペンハイマーを陥れたという話の裏には、裕福な家庭に育ち高等教育を受けたオッペンハイマーに対する嫉み、アイソトープ輸出に関して嘲笑されたことへの私怨、アインシュタインに自分の悪口を言ったのではないかという妄想が潜んでいたというのがこの映画の解釈であり物語のオチなのです。私としては、原爆や水爆という大きなテーマを扱いながら、このセコくて、みみっちい話で締めくくられても気持ちがついていけないというのが正直なところです。

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もう一つネガティブなことを書くと、IMAXのフィルムカメラで撮ったこだわりの映像がこの監督のウリであり、彼の映画の見どころなのですが、本作ではその高い技術がトリニティ実験(核実験)の場面で最も効果的に使われているのです。観る人によっては、極限のリアリティを感じたり、作り込まれた光の輝きと音の響きに感銘をうける場面だと思うのですが、子どもの頃から平和教育を受けてきた日本人にとって気持ちよいものではありません。渾身の映像を延々と見せられても気持ちが萎えるばかりです。

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そういうわけで、個人的にまったく共感できませんでしたし、連鎖的熱核反応で地球全体が破壊される不安が払拭できないまま可能性を“ほぼゼロ(near zero)”と言ってトリニティ実験に踏み切る無責任さに憤りましたが、この監督が映画化しなければオッペンハイマーに関心を持つことすら無かったと思いますので、視野を広げるという意味で価値があったと思います。今年一番の話題作ですので、3時間我慢して観ておいても良いのではないでしょうか。

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人間関係のわかりにくさという点については、予め公式サイトなどで登場人物を確認しておくのがベストですが、キリアン・マーフィ(Cillian Murphy)が演じたオッペンハイマー、ロバート・ダウニー・Jr.(Robert Downey Jr.)が演じたストローズの他、有名俳優が演じている人物を把握しておけば概ね理解できると思います。

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ロスアラモス関係者としてはマット・デイモン(Matt Damon)が演じたマンハッタン計画責任者レスリー・グローヴス少将、ベニー・サフディ(Benny Safdie)が演じた水爆の父エドワード・テラー、ジョシュ・ハートネット(Josh Hartnett)が演じたアーネスト・ローレンス、デヴィッド・クラムホルツ(David Krumholtz)が演じたイジドール・ラビ、ラミ・マレック(Rami Malek)が演じたデヴィッド・L・ヒルといった物理学者たちですね。

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この監督は女性を描くことが苦手なようで、オッペンハイマーの妻キティ役でエミリー・ブラント(Emily Blunt)、不倫相手のジーン・タトロック役でフローレンス・ピュー(Florence Pugh)が出ていますが、説明的に登場させたという感じで、重要人物の割に印象が薄く観ていて不満が残ります。ちなみに原爆投下を祝う会で顔の皮膚が剥がれていく女性は監督の娘フローラ・ノーラン(Flora Nolan)だそうです。

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その他の有名どころとしては、原爆投下を決断したトルーマン大統領役でゲイリー・オールドマン(Gary Oldman)、オッペンハイマーのケンブリッジ時代の師でもある理論物理学者ニールス・ボーア役でケネス・ブラナー(Kenneth Branagh)、アルベルト・アインシュタイン役でトム・コンティ(Tom Conti)が出ています。

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公式サイト
オッペンハイマーOppenheimer

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