映画「苦い涙(Peter von Kant)」

Peter von Kantフランソワ・オゾン(François Ozon)監督が、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー(Rainer Werner Fassbinder)監督の1972年の作品「ペトラ・フォン・カントの苦い涙」をリメイクした映画です。

オゾン監督はファスビンダーの戯曲「焼け石に水」も2000年に映画化していて、雑誌のインタビューによると敬愛する監督の一人だそう。女性だけが登場するオリジナル版から男性主体の話に変えたのは、ファスビンダーの自画像に近いものではないかという直感があったからだといいます。

わたし自身、ファスビンダー監督の作品は一本も観ていませんし、オゾン監督の映画も「リッキー」「しあわせの雨傘」「危険なプロット」「17歳」あたりまでしか観ていなくて約10年ぶりでしたが、結論から言うと期待を上回る面白さでした。

主役は映画監督のピーター・フォン・カント。以前は結婚しており、寄宿舎暮らしの娘もいるのですが、今は同性にしか関心がないようです。

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それなりに成功しているようで、暮らしぶりに大御所の風格を漂わせます。幕開けは、ベッドボードの上に親友であり、自作のミューズでもあるシドニーの大きなモノクロ写真を貼った部屋で目覚め、彼女のレコードをかけながら忠実なアシスタント、というか下僕であるカールにオレンジジュースを運ばせる場面。その佇まいからカールも愛人のように見えますが、どうやら主従関係しかないようです。

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プロデューサーに電話したりしていると、ふいにシドニーが訪ねてきてます。彼女とピーターの会話によって、二人の関係、ピーターの暮らしぶり、彼が最近、失恋したばかりだということがわかってきます。つまり意気消沈しているピーターを心配して様子を見に来たわけです。

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自分から別れを切り出したと強がるピーターに安心して、そろそろ帰ろうかという頃合いに一人の青年が訪ねてきます。それがケルンに向かう途中でシドニーと出会ってここで待ち合わせたというアミール。彼を見た瞬間、ピーターは一目惚れしてしまいます。

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オーストラリアに妻を残してきたと聞いてガッカリするのですが、映画出演を持ちかけて気を引きます。ホテル暮らしは出費がかさむだろうと気遣ってみせ、最終的に同居させてしまう始末。強引な誘い方ですが、山っ気の強いアミールは意に介していないようです。

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どんどんのめりこんでいくピーターとは対照的にアミールは冷淡です。普段は強権的なピーターですが、アミールにはすべてを注ぎ込んで尽くし、懇願してまで関係を維持しようとする姿に切なさすら感じさせます。このどう考えてもうまくいくとは思えない恋物語の行方を、わざとらしいほど過剰な演出で楽しませてくれる室内劇です。

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崇拝ともいえるような恋愛感情を何の衒いもなく発露するピーターを演じたのは「危険なプロット」「疑惑のチャンピオン」「ジュリアン」「悪なき殺人」のドゥニ・メノーシェ(Denis Ménochet)。大柄で自信に溢れた外見ながら、繊細な少女のように振る舞うギャップが笑いを誘います。

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絶妙な隠し味となるのがシドニーを演じたイザベル・アジャーニ(Isabelle Adjani)で、本作では“Jeder Tötet was er Liebt”という挿入歌まで歌っています。「イブラヒムおじさんとコーランの花たち」でもスター役でしたが、ピーターの母親ローズマリーが“あなたは会う度に若くなっていく”という称賛か皮肉かわからないセリフで言うとおり、いかにも女優然とした風貌が効いています。

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そのローズマリーを演じたハンナ・シグラ(Hanna Schygulla)は、ファスビンダーのオリジナル版で主人公を翻弄する女性を演じていたそうです。本作でいうところのアミール役ですね。

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この他、アミール役でハリル・ガルビア(Khalil Gharbia)、従僕のカール役でステファン・クレポン(Stefan Crepon)が出ています。ちなみにピーターの娘ガブリエル(ガビ)を演じたアマント・オーディアール(Aminthe Audiard)は、ジャック・オーディアール監督の甥であるマルセル・オーディアールの娘だそうです。

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公式サイト
苦い涙Peter von Kant

[仕入れ担当]