物故者のドキュメンタリーというと、交流があった人が思い出を語るインタビュー映像と当人にまつわる資料映像を組み合わせて編集したものが多いと思いますが、そういう意味では一風変わったドキュメンタリー映画です。
監督したブレット・モーゲン(Brett Morgen)曰く、この作品をトーキングヘッド映画にはしたくなかったとのこと。私は監督来日記念のIMAXレーザー上映で観たのですが、その際の舞台挨拶で映画作りの方向性を明確に語っていました。ここでいうtalking headというのは語っている人の顔が映った画面のこと。誰かの語りで構成される映画ではなく、デヴィッド・ボウイ(David Bowie)本人のみにフォーカスしたものにしたいと思ったそうです。
製作の経緯としては、まず2007年、デヴィッド・ボウイのドキュメンタリーを撮る企画があり、デヴィッド・ボウイ本人に会ったそうです。そのときは、デヴィッド・ボウイが日本のさまざまな場所を巡るというドキュフィクション(docu-fiction)のような作品を構想していたそうですが、デヴィッド・ボウイの体調が思わしくなく、検討段階で諦めたとのこと。

その後、しばらく間が空いて、同監督がカート・コバーンのドキュメンタリーを取り終えた2015年、ふとImax Music Experienceというコンセプトを思いつき、改めてデヴィッド・ボウイ財団に提案したそうです。Imaxの映像と音響のパワーを利用して没入型エンターテイメント(immersive entertainment)を作り上げるというアイデアですが、それが受け入れられ、デヴィッド・ボウイの全アーカイブ映像にアクセスする権利が与えられたと言っていました。
ご存じのようにデヴィッド・ボウイは2016年の年明けに亡くなっていますので、本作についてどの程度、関与していたかは不明ですが、自らのアーカイブデータを整理するため、以前から専門のアーキビストを雇っていたそうですから、もしかするとそれらの映像データを使った作品を構想していたのかも知れません。そのアーカイブがあったからこそ、貴重なコンサートシーンやTV出演時のデヴィッド・ボウイの語りなど、本人に直接関連する映像のみを集約する企画が可能になったわけです。

監督のインタビューで印象に残ったことの一つは、ユニバーサル映画との契約の際、日本での劇場公開を条件にしたと語っていたこと。どこよりも早くデヴィッド・ボウイに注目し、声援を送った国であり、映画の中でデヴィッド・ボウイ本人が語っているように、彼が生涯にわたって強く惹かれた国である日本は特別な場所なのだそうです。
もう一つ、デヴィッド・ボウイはどういう人だったかという問いに、He was so present in each momentと答えていたこと。すべての瞬間に全力を注ぎ、常に存在感を発揮し続けたデヴィッド・ボウイの生き方がリアルに伝わってくる回答です。通訳の方が上手だったこともあり、今回の舞台挨拶はこの独特な映画の背景情報を得られる非常に有意義なイベントでした。ちなみに監督が一番好きなデヴィッド・ボウイの曲はサウンド+ヴィジョンだそうです。

映画はニーツェの“神は死んだ”で始まる有名な一節の引用で幕開け。その後の展開でも、少年時代に年の離れた異父兄から貰ったケルアックの「路上」やコルトレーンのレコードが自らの人生に大きな影響を与えたと語り、その異父兄が従軍した後に自殺し、遺伝的に精神疾患を抱えた家系だと言われていた逸話に触れるなど、彼の思想の源流にフォーカスしていきます。
いわゆる伝記映画とは違い、デヴィッド・ボウイの生涯をわかりやすくまとめるようなパートはありませんので、ある程度の基礎知識が必要です。彼の楽曲もふんだんに使われていますが、序盤と終盤でHallo Spaceboyが流れ、中盤では性的な区分けやカオスに対する考えを述べる映像が幾たびも引用されるあたりからみても一筋縄でいかないことがおわかりかと思います。

もちろんコンサート映像も随所に挟み込まれています。特にジギースターダスト最終公演でのジェフ・ベック(Jeff Beck)との共演などはファンの方には感涙ものでしょう。1970年代の映像には貴重なものが多々ありそうですし、役者として活動した時期の映像や絵画作品には興味深いものがあります。
彼の人生についてはL.A.やベルリンで暮らそうと考えた背景について語り、時折バンコクのマーブンクロンや京都の俵屋などお気に入りの場所の映像が挟み込まれます。日本については“好きすぎてヤバい”的なことを言っていて、鋤田正義氏の写真展で見た京都の光景を思い出しました。とはいえ東洋については日本よりタイの映像が多かった印象です。
ベルリン滞在を経て1980年代に音楽スタイルを一新させた理由、イマンとの出会いとライフスタイルの変化など、本人が具体的に語っている映像も珍しいのではないでしょうか。
常に変わり続け、常にpresentであり続けたデヴィッド・ボウイ。その内面を、数年前に開催されたDavid Bowie Isの展覧会(→ブログ)、そのドキュメンタリー映画(→ブログ)とはまったく異なる切り口で見せてくれる映画です。
公式サイト
デヴィッド・ボウイ ムーンエイジ・デイドリーム(Moonage Daydream)
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