エルヴィス・プレスリーの生涯を2時間40分で見せてくれる映画です。華やかなステージと数々のヒット曲で楽しませると同時に、マネージャーや家族の生活を一人で背負い込んだ大スターの苦悩を描いていきます。エルヴィスを演じたオースティン・バトラー(Austin Butler)は「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド」でマンソン・ファミリーの一員、「デッド・ドント・ダイ」で脳天気な若者と、どこにでもいそうな青年役を演じていましたが、一足飛びに主役に抜擢され、見事この大役を演じきっていました。
この映画にはもう一人の主役がいて、それがトム・ハンクス(Tom Hanks)演じるトム・パーカー。通称パーカー大佐(Colonel Parker)として知られるエルヴィスの敏腕マネージャーですが、この悪名高い人物とエルヴィスの腐れ縁のような共依存が物語の主軸となります。善良な役が多かったトム・ハンクスが強欲マネージャーを演じたことにも注目です。

映画の始まりは晩年のトム・パーカーが自らの人生を振り返る場面。エルヴィスの音楽的成功の立役者であると同時に、その収入の半分をせしめてエルヴィスを追い込んだという毀誉褒貶半ばする生き方を死の床で反芻しています。

ミシシッピ州で生まれたエルヴィスは、一家が引っ越した先のテネシー州メンフィスで育ちます。多くの黒人労働者が暮らす地域でゴスペルなどを身近に聴いて育った彼は、高校卒業後、トラック運転手として働きながら演奏活動をしていきます。

そんな折、カーニバルのプロモーターやミュージシャンのマネージャーをしていたトム・パーカーと出会います。白人なのにまるで黒人のような歌い方をするというエルヴィスに興味を持った彼は、腰をくねらせながら歌う姿(Elvis the Pelvis)とそれに熱狂する女性ファンを見て成功を確信し、すかさず両親を説得して契約を結びます。

エルヴィスには双子の兄弟がいましたが、生まれたときに亡くなり、父親ヴァーノンが服役していた関係もあって母親グラディスに溺愛されて育ちました。

地元ビールストリートの黒人ミュージシャンたちに魅了され、コミックを読んで超人に憧れます。そんな純朴な青年をトム・パーカーは難なくコントロールし、甘言を弄して家族の協力も取り付けたようです。

トム・パーカーの見込み通りエルヴィスのインパクトは強力で、瞬く間に人気歌手に上り詰めます。しかし、黒人ミュージシャンのような歌い方やセクシーな歌唱スタイルについては賛否両論で、保守的な層、特に分離主義者から非難や中傷を浴びることになります。その結果、身体を動かさないで歌うという誓約のもと、コンサート開催に漕ぎ着けるのですが、やはりそれは難しく、観客を熱狂させてエルヴィスは逮捕されてしまいます。

トム・パーカーは保守的な層の取り込みも必要だと考え、エルヴィスを米軍に入隊させます。当時の米国は徴兵制で、エルヴィスのようなスターには特例もあったようですが、敢えて他の若者と同じように2年間従軍することで世間からの非難をかわそうという戦略です。しかし、エルヴィスを溺愛していた母親グラディスのアル中が進み、ほどなく肝炎で亡くなってしまいます。エルヴィスの拠り所は、頼りない父親ヴァーノンと、抜け目のないマネージャーのトム・パーカーの二人だけになりました。

ある意味、トム・パーカーにとって好都合な展開ですが、エルヴィスは配属先の西ドイツで上官の娘であるプリシラと出会います。つまり彼を溺愛していた母親を失ったかわりに、若い恋人を得たのです。そのためか、除隊後のエルヴィスに対するトム・パーカーの管理はさらに厳しくなり、ライブではなく映画出演が仕事の中心になります。

しかしそのせいでレコード売上は低迷し、またマーティン・ルーサー・キング・ジュニアやロバート・ケネディの暗殺もあって、エルヴィスは原点の黒人音楽に立ち戻ろうと考えたようです。1968年、ミシン会社のシンガーが提供するTV番組への出演に際し、エルヴィスはトム・パーカーの企画であるクリスマスの衣装でクリスマス・ソングを歌うという案を却下し、プロデューサーのスティーヴ・ビンダーの提案にのって、かつてのヒット曲を歌い上げます。

結果的にこれが大当たりして、エルヴィスは映画の世界からライブの世界に戻ってきます。ラスベガスのインターナショナル・ホテルで長期公演を行い、国内ツアーも再開します。ただこれにはトム・パーカーの個人的な思惑が関係していて、なぜカジノホテルなのか、なぜ国内ツアーなのか、といった理由が後半の展開の下敷きになっていきます。

これがエルヴィスとトム・パーカーの愛憎入り交じった関係をギクシャクさせるのですが、結局のところ最後まで二人の関係は維持されたわけで、必ずしもトム・パーカーが悪人だったわけでもなさそうです。「ハドソン川の奇跡」「ペンタゴン・ペーパーズ」のトム・ハンクスが演じても違和感がない程度の後ろ暗さというのでしょうか、明かしたくない闇を抱えただけの人物という印象を受けました。

監督は「華麗なるギャツビー」のバズ・ラーマン(Baz Luhrmann)。物語の運びも盛り上げ方も素晴らしいものでしたが、特にエンディングのエルヴィスの実写とオースティン・バトラーの演技を融合させた映像は、さすがとしか言いようがありません。

出演者としてはジミー・ロジャーズ・スノウ役で「パワー・オブ・ザ・ドッグ」のコディ・スミット=マクフィー(Kodi Smit-McPhee)が出ている他、オーストラリアの俳優が多数出ていますが、特にプリシラ役を演じたオリヴィア・デヨング(Olivia DeJonge)とプラダやミュウミュウの衣装が印象に残りました。またちょっと判りにくいかも知れませんが、B.B.キング役は「WAVES ウェイブス」のケルヴィン・ハリソン・Jr(Kelvin Harrison Jr.)です。

[仕入れ担当]