ラテンビート映画祭「モラル・オーダー(Ordem Moral)」

Ordem Moral 今年のラテンビート映画祭はオンラインで開催されています。いつも“映画は映画館で!”と言っている私ですが、疫病には抗えず、HDMI接続に戸惑いながら初のネット視聴と相成りました。危惧していた遅延もなく、大画面でも思いのほか鮮明に映り、食わず嫌いは良くないなと反省した次第です。

ということで遅ればせながら鑑賞した今年の1本目は、20世紀初頭の実話を下敷きにしたポルトガル映画。リスボンで発行されている日刊紙ディアリオ・デ・ノティシアス(Diário de Notícias)の創業者一族の事件を内側から描いていく物語で、主演は「ヘンリー&ジューン」のアナイス・ニン役が懐かしいマリア・デ・メデイロス(Maria de Medeiros)が務めています。

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ディアリオ・デ・ノティシアスは1864年にエドゥアルド・コエーリョ(Eduardo Coelho)が創業した新聞社で、本作の主人公、マリア・アデライド(Maria Adelaide Coelho da Cunha)はその娘であり相続人です。といっても事業を仕切っているのはマリアの夫であるアルフレド・ダ・クーニャ(Alfredo da Cunha)で、息子のホセも将来に向けた布石なのか既に経営に参画しています。

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映画のアルフレドは新聞社のオーナー然としたビジネスマン的な雰囲気を漂わせていますが、実際は作家でジャーナリスト。弁護士資格も持つ優秀な人だったようでエドゥアルド・コエーリョから全幅の信頼を得て社長の座を継いだそうです。本作を撮った(文字通り撮影監督も務めた)マリオ・バローゾ(Mário Barroso)監督いわく、実話ベースのフィクションとのことですので、関係がわかりやすいように薄っぺらな人物に設定したのでしょう。

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映画のスタートは1918年末。第一次世界大戦が終結し、スペイン風邪が猛威を振るった年ですが、感染した運転手のマヌエルを見舞ったマリアは、彼を看病するうちに関係を深め、マヌエルの出身地であるサンタ・コンバ・ダン(Santa Comba Dão)で一緒に暮らし始めます。リスボンの約200Km北、ポルトの約120Km南に位置するコインブラ近郊の田舎町です。

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マリアが48歳、マヌエルが26歳という年の差カップルだったこともあり、彼らを捜し出したアルフレドたちは、精神的に不安定だといってマリアを精神病院に入れてしまいます。要するに、22歳年下の使用人と駆け落ちした妻の行為を心の病として片付けたのです。

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彼女の一件に限らず、たとえば英国の「サフラジェット」では“女性には政治判断をするための落ち着きも心の平衡もない”といって参政権が与えられなかったように、女性は精神面で男性に劣り、情緒的な問題を抱えているという考えがまかり通っていた時代です。監督はインタビューで、女性の自由を奪う社会の仕組みを描いたと話していましたが、マリアの場合も、エガス・モニス(Egas Moniz)やフリオ・デ・マトス(Júlio de Matos)、ソブラル・シド(Sobral Cid)といった精神医学界の主流派から診断をくだされたわけで、その診断の背景こそが本作のタイトルである“道徳的秩序”なのでしょう。ちなみにエガス・モニスは政治家として閣僚や大使を務めた後、大学に戻って神経学の教授となり、1949年にノーベル医学賞を受賞しています。

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現実のマリア・アデライドも演劇を愛し、ジュリオ・ダンタス(Júlio Dantas)とも交流があったそうですが、本作では自宅でダンタスの「修道女マリアナ(Soror Mariana)」を上演し、その演出を巡る議論で彼女の内面に関する憶測が語られます。また精神病院ではストリンドベリ(August Strindberg)の「令嬢ジュリー(Menina Júlia)」を上演し、性別と階級を逆転させて彼女が使用人を演じることで彼女の立ち位置を表します。本作のポスターに使われている写真は使用人役で男装したマリアです。

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精神病院から救い出されたものの、潜伏先で官憲に逮捕され、再び入院させられるという過酷な展開となりますが、最終的にはポルトで安逸を得られたというのが監督の視点のようで、エンディングの美しさは見どころの一つと言って良いでしょう。90年代にオリヴェイラ監督の下で撮影監督を務めていただけのことはあります。リスボンのAssociação Casa Veva Limaで撮影したという豪華絢爛な内装と並んで必見です。

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とはいえ、やはり最大の見どころはマリア・デ・メデイロスの演技。奔放なようで現実的なマリア・アデライドを絶妙なバランスで演じています。上流階級らしい格調の高さも、マヌエルに見せる愛らしい表情も魅力的で、「チキンとプラム」でも二面性のある役を演じていましたが、あの不思議な雰囲気がある種の説得力を持たせるのでしょうね。

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その他の出演者としては、夫のアルフレド役をマルセロ・ウルジェージェ(Marcello Urgeghe)、息子のホセ役をジョアン・アライス(João Arrais)、アルフレドの愛人ソフィア役をジュリア・パルハ(Júlia Palha)、メイドのイダリナ役をヴェラ・モウラ(Vera Moura)、マヌエル役をジョアン・ペドロ・マメーデ(João Pedro Mamede)、その友人シセロ役をアルバノ・ジェロニモ(Albano Jerónimo)が演じています。

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公式サイト
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