映画「シェイクスピアの庭(All Is True)」

AllIsTrue シェイクスピアの伝記映画をケネス・ブラナー(Kenneth Branagh)が監督し、自ら演じると聞いたとき、これは見逃せない!と思う方と、だからどうした?と思う方と、反応が真っ二つに分かれるのではないでしょうか。そういう意味で観客を選ぶ作品かも知れませんが、世間の喧噪から逃れて心地よい気分にひたれる映画だと思います。

ウィリアム・シェイクスピアが故郷ストラットフォード・アポン・エイボンに戻って家族と過ごした晩年を描いた本作。謎に包まれた劇作家の余生を史実に併せて創作したベン・エルトン(Ben Elton)は、30年近く前のケネス・ブラナーの映画「から騒ぎ」でヴァージスを演じていた人で、シェイクスピア没後400年記念にBBCが制作したシットコム「Upstart Crow」の脚本家だそうです。

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つまり、勝手を知り尽くした監督と脚本家がタッグを組んで作った作品。出演者も、妻アンをジュディ・デンチ(Judi Dench)、サウサンプトン伯をイアン・マッケラン(Ian McKellen)というロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身のベテラン俳優が脇を固め、物語の核となる次女ジュディスをブラナー監督「冬物語」のモプサ役でデビューしたキャスリン・ワイルダー(Kathryn Wilder)が演じるという、シェイクスピアものの王道を往く作品です。

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それだけ基礎がしっかりしていると、創作の自由度も上がるのでしょう。20年ぶりの主の帰郷でそれまで表面化しなかった家族の問題が顕わになっていくのですが、フェミニズムや同性愛など現代的なテーマと、金銭欲や名誉欲など古典的な要素をバランス良くミックスして物語を肉付けしながら、文芸作品らしい落ち着いた雰囲気で展開します。ちなみにイアン・マッケランはオープンリーゲイです。

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ストラットフォード・アポン・エイボンで暮らすシェイクスピアの家族は、妻のアンと娘2人、リディア・ウィルソン(Lydia Wilson)演じる長女のスザンナ、次女のジュディスですが、実はジュディスは双子で、片割れである長男ハムネットは10歳で夭逝しています。この映画では、帰還したシェイクスピアが詩才豊かだった息子の弔いに、自らの手で庭を作ろうとします。もちろんその背景にあるのは男性優位の価値感です。

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既に娘もいる長女スザンナに対し、次女ジュディスは行き遅れ(spinster daughter)と言われ、半人前扱いです。彼女がなぜ結婚しないのかといえば、自らの才能に淡い期待があり、結婚して子どもを産むことこそ女性の幸福という旧来の価値感に与したくないと思っているからですが、当然のことながら、両親が結婚を望んでいることも、才能が開花することがないことも理解しています。なぜなら当時の女性は文字が書けず、仮に文才があってもそれを表現したり、職業にすることは不可能だからです。

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また、町で唯一の医師ジョン・ホール(John Hall)という立派な夫に持ちながら、あまり幸せそうでない姉スザンナを間近で見て、結婚に夢を持てなかったということもあるでしょう。この映画でも取り上げられている史実ですが、ピューリタンであるジョン・ホールに反発する一派から、スザンナが不倫しているという風評を広められたことや、一人娘エリザベスの後に子どもができなかったことなどから、夫婦仲はあまり良くなかったとされているようです。それにもかかわらず、ジョン・ホールが義父シェイクスピアの遺産を気にしている様子を描き、結婚に前向きになれないジュディスの気持ちを裏打ちします。

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この対称的な娘2人と亡き息子にとらわれたシェイクスピアを描いていく映画ですが、やはり最も大きな存在感を示しているのがジュディ・デンチ演じる妻アン。ウィリアム・シェイクスピアが18歳のときに26歳のアン・ハサウェイと結婚したとされていますので、史実では8歳年上なのですが、ジュディ・デンチはケネス・ブラナーより26歳年上で、夫婦というより親子の年齢差です。それでもまったく違和感なく、というより、とても説得力のある妻役を演じていて、彼女の演技力あっての映画だと思いました。Second-Best Bed の愛らしいエピソードもしっくり馴染みます。

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その他の出演者としては、ジョン・ホール役は「レ・ミゼラブル」「オリエント急行殺人事件」に出ていたハドリー・フレイザー(Hadley Fraser)、トマス・クワイニー役はジャック・コルグレイヴ・ハースト(Jack Colgrave Hirst)が演じていて、二人は上記「冬物語」でも共演しています。そしてこの英国映画らしい美しい映像を撮ったのは「スターリンの葬送狂騒曲」「ガーンジー島の読書会の秘密」のザック・ニコルソン(Zac Nicholson)です。

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公式サイト
シェイクスピアの庭All Is True

[仕入れ担当]