フィンランドの監督、ユホ・クオスマネン(Juho Kuosmanen)が撮ったモノクロ作品です。2016年カンヌ映画祭・ある視点部門のグランプリ受賞作。ちなみにこのとき同部門で競ったのは、マット・ロス監督「はじまりへの旅」、深田晃司監督「淵に立つ」、是枝裕和監督「海よりもまだ深く」などで、コンペティション部門では「わたしは、ダニエル・ブレイク」がパルム・ドールに輝いています。
主人公であるボクサーのオリ・マキが、1962年に行われたフィンランド初の世界タイトル戦で米国人チャンピオンに挑むという実話ベースの物語。とはいえ、いわゆるボクシング映画ではありません。プロモーター兼トレーナであるエリスの部屋にロッキー・マルシアノの写真が飾られていて、スタローン映画を思い出させたりしますが、死闘を繰り広げ、何度もダウンさせられた末に勝利を勝ち取るというドラマティックな展開とは正反対の方向に進みます。

物語の主軸になるのは、後に妻となるライヤと恋に落ちること。国中が彼の勝利に期待し、盛り上がっている最中に、ライヤへの思いが募ってボクシングに集中できなくなってしまうのです。原題は“幸せな男”という意味のようですが、英語版(The Happiest Day in the Life of Olli Mäki)もドイツ語版も日本語版と同じく“オリ・マキにとって人生最良の日”というタイトルになっている通り、その“最良の日”がいつだったのか、何故そうなのかを見届ける映画です。

フィンランド西部、ボスニア湾岸の港町コッコラ(Kokkola)でパン屋を営んでいたオリ・マキは、アマチュア・ボクサーとして1950年代後半の欧州で活躍し、1960年にプロに転向したそうです。そして1962年に世界タイトル戦に挑むことになるのですが、対戦相手のデイビー・ムーアの都合で非常に短期間で決まった試合だったようです。オリ・マキは、自分がフェザー級タイトルマッチに出場することを雑誌で知ったと語っています。

ライト級で闘っていたオリ・マキの体重は60Kg以上ありましたが、フェザー級は57.153kg以下ですので減量が必要です。さらに、観客を2万人以上集めるフィンランド最大規模のスポーツイベントですので、メディアの注目も浴びますし、スポンサー対応もしなくてはなりません。人口36,000人程度のコッコラ町のパン屋(Kokkolan leipuri)にとって大きなストレスだったでしょう。

そのせいもあったと思いますが、オリ・マキの気持ちはライヤに大きく傾きます。オリ・マキがヘルシンキにライヤを連れてきた時点から不満だったエリス。スポンサーに頭を下げ、身銭を切ってまで仕込みをしているわけですから、文句を言いたくなる気持ちもわからないわけではありません。彼にとっても一世一代の勝負です。

そうしてオリ・マキとエリスは互いにしっくりいかないものを抱えたまま決戦の日を迎えることになります。

そのエリス役は「ボーダー 二つの世界」のエーロ・ミロノフ(Eero Milonoff)で、本作では特殊メイクなしで演じています。オリ・マキ役はヤルコ・ラハティ(Jarkko Lahti)、ライヤ役はオーナ・アイロラ(Oona Airola)で、いずれもフィンランドの俳優。エリスの自宅アパートのロケはユホ・クオスマネン監督の自宅を使ったという手作り感ある映画です。

この映画の魅力は、格闘技を素材にしながらも、ほんわかした雰囲気で終始するところでしょう。エンディングで川縁を歩く二人が老夫婦とすれ違い、自分たちもあんな夫婦になれるだろうか、と話すのですが、そのすれ違う老夫婦こそ、本物のオリとライヤです。

オリは晩年に認知症を患い、2019年4月6日にフィンランド南部のキルッコヌンミ(Kirkkonummi)で亡くなったそうですが、この映画が人生の総括になったのではないでしょうか。
公式サイト
オリ・マキの人生で最も幸せな日(Der glücklichste Tag im Leben des Olli Mäki)
[仕入れ担当]