不思議な余韻を残すスウェーデン映画です。原作はスウェーデンの作家、ヨン・アイヴィデ・リンドクヴィスト(John Ajvide Lindqvist)で、代表作「MORSE」は2008年に映画化されて日本では「ぼくのエリ 200歳の少女」というタイトルで公開されました。
監督は本作が長編2作目というアリ・アッバシ(Ali Abbasi)。イランのテヘラン生まれで、当初は建築を志してストックホルムで学位を取得したようですが、その後、デンマークに移って映画を学んだそうです。本作が一昨年のカンヌ国際映画祭ある視点部門でグランプリを受賞したことで(同年のパルムドールは「万引き家族」)、一躍注目を集めました。
主人公のティーナは港の税関職員。入国者が違法なものを持ち込まないようにチェックする仕事ですが、彼女が他の検査官と違うのは、非常に鼻がきくこと。目の前を通り過ぎていく人々の中から、怪しいモノを持った人を匂いでかぎ分けます。

最初は酒類を持ち込もうとした未成年をかぎ分け、続いて児童ポルノをスマホのメモリーカードに隠して持ち込もうとした中年男性を捕まえます。モノの匂いだけでなく、恥や罪の意識までかぎ分けられるようです。

次に彼女の関心をひくのはちょっと変わった風貌の男性。ティーナ自身も、鼻が異様に大きく、皮膚にケロイドがある独特な風貌をしていますが、彼女とよく似た外見の男性です。バッグの中を検査すると不思議な装置が入っていて、これは何かと問うティーナに“虫の孵化器だ”と答えます。一般的とはいえない所持品ですが、法には抵触しませんのでそのまま釈放です。

ティーナは山間の小屋でローランドという男性と暮らしています。彼の職業はドッグトレーナーということになっていますが、飼育している犬をドッグショーに出品しているだけで、実態はヒモのようです。見映えが悪く、社交性もないティーナにつけ込んでいる感じです。
彼女の住居や敷地は父親から受け継いだもののようで、その父親は老人施設に入っています。認知症が進んでいるようですが、唯一の家族ということで、ティーナはそれなりに大切にしているようです。ときおり会いに行っては、禁じられているタバコをこっそり吸わせてあげたりしています。
そんなある日、再びあの変わった風貌の男性が税関を通ります。ティーナの鼻が何かをかぎ分け、彼の持ち物を検査しますが、怪しいものは出てきません。それでも何かあるはずだと言い張るティーナを信じて、同僚の男性職員が身体検査を行ったところ、外見は男性のように見えるが身体は女性だということがわかります。そして同僚は“性転換手術の痕跡はなかったが、尾てい骨のあたりに傷跡があった”と言い、その事実にティーナは大きな衝撃を受けます。
なぜなら彼女も尾てい骨のあたりに傷跡があったから。父親は“子どもの頃に怪我をした”としか言いませんでしたが、風貌といい身体的特徴といい、彼とは不思議な繋がりを感じます。何より、ティーナの嗅覚が強く反応したことが気になります。
彼が滞在している簡易宿泊所にティーナが出向いて行くと、彼は裏庭で木の幹から穿り出した虫の幼虫を食べています。気持ち悪いからやめなさいというティーナに、君も食べたいだろ、と、生きた虫を口に入れられます。それを抵抗感なく受け入れてしまうティーナ。ヴォーレという名のその男は、自分たちは人間ではなくトロールなのだ、とティーナに教えます。そして、尾てい骨の傷跡は尻尾があった場所だと説明してくれます。

トロールというのは、北欧の民間伝承で語り継がれる妖精のことですが、日本でいう妖精とは印象が異なり、醜悪な外見と粗暴な性格が特徴。人を襲ったり、モノを盗ったりする邪悪な存在として恐れられていて、怪物の一種と言えるかも知れません。
ヴォーレの両親は実験動物として監禁されて死んだと言い、こう付け加えます。君の両親も人間に殺されたはずで、君が父親と呼んでいる人は実の父親ではない。自分はフィンランドにあるというトロールのコミュニティで暮らすのが夢だが、君も一緒に行かないか。こちらからアクセスできないので、向こうが見つけてくれるのを待っているところだ、と。

ティーナは自宅の離れで暮らすようにヴォーレを誘います。ローランドは彼を毛嫌いしますが、もちろん単純な三角関係の物語に発展するわけなく、序盤の児童ポルノ摘発をサブストーリーとして話を膨らませながら、自然と人間の関係を考えさせる不思議なファンタジーが描かれていくことになります。

昆虫の捕食やトロールの生殖など視覚的に気持ち悪いシーンもありますが、スウェーデンの美しい風景のおかげか、出演者たちの演技力のおかげか、思ったほどの不快感はありませんでした。難点をいえば、トロールに関する説明が皆無ですので、たとえばトロールにとって雷のもつ意味などを知ってから見るといろいろと腑に落ちると思います。

主演は4時間かけたという特殊メイクで怪演したティーナ役のエバ・メランデル(Eva Melander)。そしてヴォーレ役のエーロ・ミロノフ(Eero Milonoff)。私にはわかりませんでしたが、エーロ・ミロノフはフィンランド人だそうで、彼のフィンランド訛りのスウェーデン語が異質感を醸し出しているそうです。
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