話題作ですね。今年のカンヌ映画祭でパルムドールを受賞し、祝意を述べるとかで日本の文科相がドタバタを演じていました。そのおかげもあって多くのメディアで紹介されましたので概要をご存知の方が大半かと思いますが、思いのほか難しい映画ですので、事前情報なしに観るとわかりにくいかも知れません。
ストーリーそのものは単純です。血縁でも何でもない三世代の男女が家族のように暮らしていたところに、両親からの虐待を受け、戸外にいた小さな女の子を連れ帰ったことで、それまで微妙なバランスで成り立っていた生活が崩れていくお話。
映画の出だしは、中年男性とその息子のような少年が連携して万引きするシーンで、場所がスーパーマーケットですので生活苦ゆえの犯行のように見えます。ところがこの疑似家族、それほど貧しくないんですね。家は狭いし、散らかっているし、裕福でないことは一目瞭然ですが、老婆には年金収入があり、それ以外の人たちは働いていますので幾ばくかの収入があるはずです。それなのに、なぜカップ麺やシャンプーといった安価な食品や日用品を万引きするかといえば、この人たちが一般的な社会規範から逸脱している人たちだから。
傍目には、祖母、夫婦、娘と息子という構成の家族ですが、実は持ち家で年金暮らしの老婆のもとに吹きだまりのように集まった他人たち。その結びつきからして既に世間の常識から逸れていますので、老婆がたかりのようなことをするのも、娘のような位置付けの少女が性風俗で働くのも、出玉泥棒も車上狙いもどれも当たり前の日常なのです。
そういう意味で、寒さに震えていた小さな女の子を、勝手に連れてきて住まわせることも自然です。そもそも、息子のような位置付けの少年も、松戸のパチンコ屋に停められていた習志野ナンバーの赤いヴィッツから連れてきた子どもですし、娘のような位置付けの少女は、後で背後関係がわかってきますが、ざっくり言えば家出少女です。どちらも警察沙汰になればただでは済みません。文字通り無法者、法律から外れたアウトローたちですが、そんな彼らが家族という古い枠組みを装い、信じようとするところに面白さがあります。
是枝裕和監督の作品は「誰も知らない」しか観たことがありませんので、作風はよくはわかりませんが、どちらの作品も社会一般とは異なる規範を持って生き抜いている人たちを描くことで、大多数が信じている制度に疑問符を投げかけているように思います。本作でいえば、血の繋がらない家族であり、犯罪や性風俗の収入が公的年金と同列にある人たちです。
上で松戸のパチンコ屋と書きましたが、映画の舞台になっているのは荒川区から台東区にかけてのエリアのようです。隅田川の花火が聞こえてきたり首都高向島線が映る場面がありますし、三ノ輪のアーケード街や合羽橋の朝日信金が出てきます。安藤サクラ演じる妻はその昔、西日暮里の風俗店で働いていて、リリー・フランキー演じる夫と出会ったというくだりもあります。
ちなみに、この妻は信子、夫は治という名前で登場するのですが、どちらも偽名です。少年の名前もそうですし、少女の源氏名もそうですが、複数の名前を持ち、呼ばれ方が変化することがひとつのキーになっています。拾ってきた小さな女の子も、自分で名乗ったユリという名前の代わりにリンという名前で呼ばれ、最終的には名乗った名前がジュリの聞き違いだったことがわかります。
映画の見どころは、もちろん安藤サクラとリリー・フランキー、そして老婆役の樹木希林の熟練の演技で、この3人の醸し出す雰囲気にぐんぐん引き込まれていきます。いつも思うのですが、リリー・フランキーはいろいろな映画に出演して稼いでいるはずなのに、貧乏くささ、インチキくささにどんどん磨きがかかっていきますね。
そして子役たち。少年役の城桧吏は「誰も知らない」の頃の柳楽優弥を彷彿させる佇まいの男の子。また拾われる小さな女の子を演じた佐々木みゆは、いかにも親から虐待を受けていそうなリアリティがあり、エンディングは彼女の立ち姿だけですべてが表現されます。この場面をどう解釈するか、意見が分かれるところかと思いますが、いずれにしても存在感のある女の子です。
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万引き家族
[仕入れ担当]