映画「幸福なラザロ(Lazzaro felice)」

lazzaro00 長編第2作目が2014年のカンヌ映画祭グランプリを受賞し、注目を集めたイタリア人監督アリーチェ・ロルヴァルケル(Alice Rohrwacher)の3作目です。本作も「万引き家族」や「ブラック・クランズマン」と並んでカンヌ映画祭コンペティション部門に出品され、脚本賞に輝いています。

歴史上の事件が下地になっている物語ですが、史実そのものを主題に据えた作品ではありません。寓話的というか神話的というか、大きな虚構の中でリアルなディテイルが描かれるというタイプの作品です。

まず、その事件とは何かということですが、これは小作制度が法律で禁止された後のイタリアで、いまだ小作制度があるように振る舞い、農民をだまして搾取していた地方領主が逮捕された一件。映画の前半ではイタリア中部の村を舞台に、“タバコの女王”と称される侯爵夫人と、不作や狼の被害で借金を負っていると思い込まされた農民たちの物語が描かれ、後半では解放された農民たちの街での暮らしが描かれます。

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主人公のラザロは純朴な青年で、他人の言うことを疑うことなく素直に聞いてしまう性格。年がら年中、集落のあちこちから“ラザロ”と呼びかけられ、便利に使われています。村人たちは彼をうまく使っているつもりでしょうが、村人たち全員が公爵夫人から騙され、いいように使われているわけですから、どっちもどっちという感じです。

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あるとき、公爵夫人の息子タンクレディが屋敷にやってきます。街で暮らしている彼にとって人里離れた田舎での生活は堪えられません。そこで母親を困らせてやろうと狂言誘拐を試みます。その際、行きがかり上、ラザロが協力することになり、そのおかげもあってことがうまく運びます。

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タンクレディがラザロに“おまえの親は誰だ”と尋ね、祖母はいるが親はいないと答えると、きっと俺の父親が農民の誰かを孕ませたに違いない、そうなら俺とオマエは半分兄弟だと言います。この言葉がラザロの心に残り、タンクレディを半分兄弟と信じたことが、この物語の原動力となっていきます。

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ラザロはタンクレディの言いつけを守り、彼の隠れ場所にこっそり食べ物を運び続けるのですが、ある日、急な発熱で寝込んでしまいます。その後、病み上がりで食べ物を運んでいく途中でふらついて崖から転落。同じ頃、タンクレディが使用人のニコラに携帯電話で連絡し、電話に出た娘のステファニアに“身代金を用意しないと自分の命が危ない”と告げたことで警察が動き出します。その結果、公爵夫人の違法行為が露見して、行方不明のラザロを残して、農民たちは村から出ていくことに・・・。

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それから十数年後、崖下に倒れたラザロのもとに狼が歩み寄り、「ヨハネによる福音書」に出てくるラザロさながらの復活を遂げます。そして遺棄された村で出会ったコソ泥の作り話を信じて街に行き、村人だったアントニアと再会します。おそらく彼女は、十数年前のままのラザロを見て聖性を感じたのでしょう。思わず跪きます。

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彼女に連れられてラザロは再び村人たちと生活することになるのですが、侯爵夫人が以前から語っていた通り、村人たちは自由が与えられたことによる過酷な現実に直面していました。まともな職を得られず、詐欺や盗みで生計をたてていたのです。

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その一団のリーダー格であるウルティモ。おそらくアントニアが彼と出会ってコソ泥生活を始め、年老いた村人たちが追従したのだと思いますが、ウルティモを演じているのがスペイン人のセルジ・ロペス(Sergi López)であるところからみて、彼は不法移民という役どころなのではないかと思います。つまり、村人たちはイタリア生まれのイタリア人であるにもかかわらず、イタリア人社会に入り込めず、不法移民と同じ社会的位置づけしか得られなかったということです。

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美しい自然の中で展開する映画の前半とは打って変わって、後半の街での暮らしではこういった社会性の高い、現代的な課題が盛り込まれていきます。唯一、永遠に変わらないラザロのみが両者を繋ぐ存在です。

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そのラザロを演じたのが、アドリアーノ・タルディオーロ(Adriano Tardiolo)。1000人ほど候補者の中から選ばれたというだけあって、これ以上はない適役です。彼の醸し出す空気感が映画全体を支えているといっても過言ではないでしょう。まさに彼あっての映画です。

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街での導き役となるアントニアを演じたのは、監督の姉であり、アダム・ドライバーと共演した「ハングリー・ハーツ」でヴェネチア映画祭の主演女優賞を獲得したアルバ・ロルヴァケル(Alba Rohrwacher)。同作をご紹介したブログでも記したように、姉のアリーチェが撮ったMIU MIU“女性たちの物語”シリーズの一編「DE DJESS」(→Youtube)でも主役を務めています。

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この映画全体がそうなのですが、村の子ども時代を演じていた子役と、街で暮らす大人を演じる役者が絶妙な組み合わせで、たとえばアントニアでいえば子ども時代を演じたアグネーゼ・グラツィアーニ(Agnese Graziani)とアルバ・ロルヴァケルの雰囲気がとてもよく似ているので、大人になって登場してもまったく違和感がありません。アドリアーノ・タルディオーロの起用を含め、キャスティングの妙が効果を発揮している映画だと思います。

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その他、侯爵夫人のマルケッサ・アルフォンシーナ・デ・ルーナを演じたのは「ライフ・イズ・ビューティフル」等で知られるベテラン女優ニコレッタ・ブラスキ(Nicoletta Braschi)、その息子のタンクレディを演じたのはアーティストのルカ・チコヴァーニ(Luca Chikovani)。ルカ・チコヴァーニはSNSで注目を集めてデビューした人で、彼がカバーした“Love Yourself”はこちら(→Youtube)でご覧になれます。

村の場面のロケ地となったバーニョレージョ(Bagnoregio)を始め、エレーヌ・ルヴァール(Hélène Louvart)が16mmフィルムで撮影した美しく味わい深い映像も見どころです。

公式サイト
幸福なラザロLazzaro felice

[仕入れ担当]