映画「あなたはまだ帰ってこない(La douleur)」

00_2 1984年に「愛人 ラマン」でゴンクール賞を受賞し、世界的な注目を浴びたマルグリット・デュラス(Marguerite Duras)が、その翌年に発表した自伝的小説の映画化です。

舞台になるのは「愛人 ラマン」の時代から15年ほど後の1944年のパリ。第二次世界大戦末期、ナチス占領下でレジスタンス活動をしていた夫のロベール・アンテルムが逮捕され、デュラスは妻として、また活動家の同志として彼の釈放を待つことになります。

その時代に書いた日記とメモを40年ぶりに見つけたという建前で発表された小説ですが、無論、デュラスのことですから、緊迫感が欲しくて後から日記形式で書いた可能性もありますし、本当に日記をリライトしたのだとしても、どこが真実でどこが虚構かわかりません。

監督を務めたエマニュエル・フィンケル(Emmanuel Finkiel)はジャン=リュック・ゴダールの助監督を経て1995年に監督デビューした人だそう。既に四半世紀のキャリアがあるわけですが、日本で劇場公開された作品はないようで、私自身、この監督の名前は知りませんでした。本作を観に行った理由はといえば、原作がデュラス、出演者が「ロープ/戦場の生命線」「天国でまた会おう」のメラニー・ティエリー(Mélanie Thierry)と、「最後のマイ・ウェイ」のブノワ・マジメル(Benoît Magimel)ということぐらいでしょうか。

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結論から先に書きますと、良くも悪くもフランス映画らしい映画です。主人公はとても内省的で寡黙ですが、そのときどきの内面はモノローグで伝えられます。いろいろな意味で危機に陥っていくデュラスの揺れ動く心を、観客が見届けることになります。

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まず前半は、逮捕された夫の行方を知るために、ピエール・ラビエというゲシュタポの警察官に接触する話。デュラスがパリのゲシュタポ拠点があったソーセ街(Rue des Saussaies)に行った際、彼女の夫をデュパン通り(Rue Dupin)で逮捕したのは自分で、最初に尋問したのも自分だと言ってきた男で、その後、デュラスがMNPGD(フランソワ・ミッテランの組織)の一員と待ち合わせているところに現れ、その場を誤魔化そうとしたことで、つかず離れずの関係が始まります。デュラスは夫の情報を求め、ラビエはレジスタンス組織に関する情報を求める関係です。

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その流れの中でラビエがデュラスに関心を持っていること、芸術書専門店を開きたいと思っていることなどが描かれます。また対独協力者や親独義勇隊員が集まるレストランに連れて行ったり、カフェ・ド・フロールのテーブル上に脅しのつもりか拳銃と手錠を並べ、モルラン(ミッテランのこと)の写真を見せながら所在を尋ねたりする場面も描かれます。

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原作には、ピエール・ラビエという名前はある男Xの仮称であり(原作でのこの章の題は「ムッシュウX 仮称ピエール・ラビエ(Monsieur X. dit ici Pierre Rabier)」です)、デュラスに伝えていた名前もニース近郊で亡くなった従兄弟の名前を騙っていただけで、本当はドイツ人だったと記されていますが、映画ではパリ生まれのブノワ・マジメルが儚げな風情を漂わせて好演しています。

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それに続く後半は、戦争が終わり、ロベール・アンテルムが帰ってくる話。次々と捕虜が解放される中、ドイツに移送されたとされる夫がなかなか帰ってこなくて精神的に追い詰められていくデュラスの様子が描かれていきます。

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デュラスは自らが創刊した新聞リーブル紙に、収容されていたフランス人たちの消息を載せており、その情報収集のために捕虜たちが到着するオルセー駅に行ったり、当時、仮収容センターだったホテル・ルテシアに行ったりしますが、いつまでたっても夫の行方はわかりません。

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ジャーナリストであり、知識人で活動家でもあるデュラスは、似た境遇にある行方不明者の妻たちの相談にのったり励ましたりしますが、募る焦燥感でどんどんやせ細ってきます。

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そして、ちょっとネタバレになってしまいますが、夫に帰ってきて欲しい理由の一つが、彼と離婚したいから、というあたりも難しいところです。夫と共に活動していたディオニス・マスコロと恋愛関係になり、彼との子どもが欲しいから離婚したいというわけです。

映画には出てきませんが、救出されたアンテルムを看病していたデュラスは、彼の泡立つ緑色の糞について長々と記した後、アンテルムに彼の妹の死を伝え、間を空けず離婚を切り出します。映画での唐突さは、小説の不条理な展開を再現しているのかも知れません。

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実はデュラス、この5年ほど前にアンテルムとの間の子どもを失っています。逮捕前からそれが二人の関係に影を落としていたのかも知れませんが、そういった背景は何も描かれませんので、観客は彼女の不思議な言動を呆然と見ているしかありません。

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不思議といえば、デュラスが聞いていたラジオ番組で京都の観光案内が流れていたのも謎ですね。フランスにとって、ドイツと同じ枢軸国である日本は敵国。この番組を聴いて、京都に行こうと思う人などいないはずですが、それでもこんな放送をしていたフランス、さっぱり訳がわかりません。

公式サイト
あなたはまだ帰ってこない

[仕入れ担当]