2010年のベネチア国際映画祭で注目を集め、昨年のラテンビート映画祭で公開された「気狂いピエロの決闘(公開時:The Last Circus)」の監督、アレックス・デ・ラ・イグレシア(Álex de la Iglesia)の最新作です。
前作のハチャメチャなストーリー展開とは打って変わって、役者の技量を試すかのような、ほとんどアクションのないお話。まったく印象の異なる作品ながら、観客の気持ちをぐんぐん引き込んでいくパワーは健在で、この監督の底力を感じました。
過去にコカコーラの名コピー「La chispa de la vida!(≒人生の熱いきらめき!)」という実績がありながら、今は失業中の広告マンのロベルト。かつての友人である広告代理店の社長を訪ねますが、色よい返事はもらえません。
せめて結婚記念日ぐらいは、愛する妻ルイスと、新婚旅行で泊ったホテルで過ごそうとカルタヘナまで行ってみたところ、既にホテルは閉鎖されており、その跡地に建った歴史博物館ではプレス見学会の真っ最中。館内に紛れ込んでしまったロベルトは、出口を探すつもりが、足を踏み外してローマ時代の彫像もろともタワークレーンから宙づりになり、発掘調査中の鉄筋組みの上に転落してしまいます。
身体は無事でしたが、頭に鉄筋が刺さっており、駆けつけた救急隊員の手にも負えません。外科医を呼んでレントゲンを撮ると、鉄筋を抜いた途端に絶命する可能性があることがわかります。そうこうしているうちに、事故に気づいた記者たちがニュースを配信し始め、あっという間にロベルトは全国的な有名人に。
生来の広告マンであるロベルトは、脚光を浴びているこの状態をメディアに売ろうと考えますが、事故現場に駆けつけた妻ルイスは、見せ物になることに大反対。しかし、2年も失業しているロベルトにとって、大金を得る数少ないチャンスです。早速、旧友に頼んでエージェントを手配してもらい、メディアとの交渉を依頼します。
この映画で描かれているメディアの無責任さ、倫理観の低さは、1950年代の米国映画「地獄の英雄(Ace In The Hole)」が下敷きになっているようですが、被害者が自発的に自らの災難を売り込もうとするあたりが現代的です。また、メディアの薄っぺらな部分を嘲笑しながら、家族の結びつきや、人それぞれの尊厳の在り方などを生真面目に取り上げていくあたりは、アレックス・デ・ラ・イグレシア監督ならではでしょう。
映画の大部分は串刺しになって動けないロベルトを中心に描かれます。しかし、存在感の面で言えば、そのロベルトに寄り添う妻ルイスを演じたサルマ・ハエック(Salma Hayek)が主役でしょう。彼女の意思の強そうなキャラクターがあってはじめて、この不思議な設定のストーリーがイキイキしてくるのだと思います。
フランソワ・アンリ・ピノー夫人でもあるサルマ・ハエック、エンドロールにGUCCIのロゴが出ていましたので、きっと撮影に使った衣装もGUCCIなのでしょう。とはいえ、家庭内のシーンの他は、ずっと事故現場でコートを着ていますので、華やかな衣装で登場するシーンはありません。
そして、ロベルトの娘を演じたネレア・カマチョ(Nerea Camacho)。「カミーノ」で2008年ゴヤ賞の新人賞に輝いた人気の子役ですが、ずいぶんと大人っぽくなっています。撮影時のスナップ写真が彼女のfacebookページにありましたのでリンクしておきます(撮影時は15歳)。
その他、エージェントを手配してくれる旧友キコは、前作でピエロのセルヒオを演じていたアントニオ・デ・ラ・トーレ(Antonio de la Torre)、取材に来るニュースキャスターは前作でヒロインのナタリアを演じていたカロリーナ・バング(Carolina Bang)といった具合に、監督お気に入りの俳優も多数出演しています。ちなみにカロリーナ・バングは、アレックス・デ・ラ・イグレシア監督のパートナーです。
いずれにしても、気軽に楽しめるコメディであると同時に、批判精神に溢れた人間ドラマであり、とても見応えある作品です。日本ではまだ知名度の低いアレックス・デ・ラ・イグレシア監督ですが、前作を含め、彼の作品がどんどん日本の劇場で公開されるようになることを祈ります。
余談ながら、ムルシア州のカルタヘナ(Cartagena)には、実際に、この映画の舞台となったローマ劇場があるそうです。私はまだ行ったことがありませんが、ムルシア州のビーチリゾートはとても評判が良いので、いつか訪ねてみたいと思っています。
公式サイト(ラテンビート映画祭2012の紹介ページ)
As luck would have it
[仕入れ担当]