監督を務めたアレックス・トンプソン(Alex Thompson)にとっても脚本兼主演のケリー・オサリヴァン(Kelly O’Sullivan)にとっても初の長編映画という、普通なら日本で劇場公開されないようなインディ−ズ作品ですが、評判が良かったので観に行ってきました。
物語は、34歳になるのに何も成し遂げられていないと焦る女性が、望まぬ妊娠やナニーの仕事での出会いを通じて、自分を見つめ直すというもの。こう書いてしまうと、ありきたりな自分探し映画のようですが、産む性であるが故の肉体的/精神的な難しさをテーマに、女性ならではの感覚を生々しく描いていく視点が異彩を放ちます。
ケリー・オサリヴァンは「レディ・バード」のグレタ・ガーウィグに触発されて脚本を書いたそうですが、大人になりきれない自分というテーマといい、監督が私生活のパートナーである点といい、どちらかというと「フランシス・ハ」に近い作品といえるでしょう。とはいえ、主人公が27歳だった「フランシス・ハ」に対して本作では34歳のブリジットが主人公ですから、妊娠のタイムリミットの問題も絡んできて、性への意識が大きな比重を占めることになります。

映画の始まりはホームパーティでブリジットが対面に座った男性の話を聞いている場面。彼は最近見た悪夢について語っているようで、これまで積み上げてきたものを失ったことに気付いて思わず窓から身を投げたそう。つまり34歳で家族もなく、ろくな業績もなく、資産もなければ、絶望して死にたくなるだろう?という話です。
ブリジットは今まさに34歳で仕事はレストランの給仕係。それを知った男性は気まずくなって席を立ち、彼女は入れ替わりに近づいてきた若い男性と話すことになります。名前はジェイス。パーティの主催者エイミーはLa Marの常連なので知り合いだと言います。
レストラン・オーナーなの?と訊くブリジットに、いや給仕係だよと答えるジェイス。意気投合した二人はブリジットの家に直行です。

翌朝、シーツについた血を見つけたジェイスとのやりとりが描かれるのですが、この映画では女性の生理や出血がひとつの大切な要素になります。あまり映画で描かれることはありませんが、女性にとってはありふれた日常であり、女性性や母性を語る上で避けて通る方が不自然でしょう。
ブリジットは友人ドナに紹介された家に子守りの面接に行きます。マヤとアニーというレズビアンの夫婦のファミリー。最近、男の子を出産したマヤに休養時間が必要なので、学校が始まる9月まで6歳の娘フランシスの世話をする人が欲しいということです。

メキシコ系のマヤは敬虔なカソリック教徒ですが、ブリジットが宗教について冷ややかな態度(彼女は不可知論者です)をとったこととや、ベビーシッターの経験があるだけで子守はしたことがないことがなどが理由になったのでしょう。一旦は断られます。
しかし後日、電話がかかってきて、経験豊かな52歳の人に頼んだところ、フランシスと合わなくて辞めて貰ったので、良ければ来て欲しいとのこと。すぐさまブリジットは給仕係から子守に転職します。

最初はフランシスの扱いに手こずったものの、少しずつ打ち解けていきます。しかし今度はジェイスとの間に問題が発生します。思いがけず妊娠してしまったのです。彼が誠実に対応してくれることは救いですが、精神的に厳しいものがあります。

彼女は結局、中絶を選択します。経口妊娠中絶薬を使うことや、費用を折半する際にジェイスがVenmo(ペイパル傘下のペイメントアプリ)で送金することなど、日本とはいろいろと事情が異なり興味深い点もありますが、淡々と中絶を決めたように見えたブリジットが抱え込んだものと、それが彼女の内面をどう変化させていくかが後半の物語の背景になります。

その後、ブリジットがノースウェスタン大学時代の同級生シェリルから1年で中退して子守をしている現在の姿を見下されたり、マヤが外出先で授乳した際に他の母親から否定的な言葉を投げかけられたり、黒人のアニーがマヤの使用人だと思われることを嘆いたり、マヤが完璧な母性を求めて産後鬱になったり、その結果としてアニーとの関係がギクシャクしたり、現代社会とリンクした問題をうまく織り交ぜながら展開していきます。
そういった意味で脚本の巧さもあるのですが、やはり登場人物たちの個性がこの映画のキモだと思います。

自らの経験を活かして脚本を書いたというケリー・オサリヴァンの地に足の着いた演技。そしてフランシス役のラモナ・エディス=ウィリアムズ(Ramona Edith-Williams)の愛らしさ。この二人の化学反応がほぼすべてと言って良いでしょう。
それをマヤを演じたチャーリン・アルバレス(Charin Alvarez)とアニーを演じたリリー・モジェク(Lily Mojekwu)の絶妙なコンビネーション、この手の物語では悪役になりそうなジェイス役を演じたマックス・リプシッツ(Max Lipchitz)の真面目そうな雰囲気が支えます。キャスティングの妙ですね。

ケリー・オサリヴァンは今後活躍の場を拡げていきそうですので、ここでデビュー作を観ておいても良いのではないでしょうか。
公式サイト
セイント・フランシス(Saint Frances)
[仕入れ担当]