なにやら仰々しいタイトルですが、実質的にはビリー・ホリデイ(Billie Holiday)の半生を描いた音楽映画です。彼女が歌った「奇妙な果実」が黒人に対する私刑(リンチ殺人)を告発する内容だったことから、それを嫌った連邦政府と確執があったという事実がベースになっています。
リー・ダニエルズ(Lee Louis Daniels)監督はこの映画を1937年に米国上院で私刑禁止法案(Wagner-Gavagan Act)が否決された史実で始め、2019年にもまた私刑禁止法案(Emmett Till Antilynching Act)が否決されたことを示して終えます。後者の法案の冒頭には、20世紀前半に200近くの私刑禁止法案が議会に提出されたものの認められなかった旨が記されていますが、そういった状況に対する監督の問題意識を下敷きにした作品です。
ビリーを演じたアンドラ・デイ(Andra Day)は、BLM運動のデモで歌われた“Rise Up”でグラミー賞にノミネートされた歌手ですが、映画初出演となる本作でゴールデングローブ賞の最優秀主演女優賞に輝いています。ちなみに芸名のDay(本名はCassandra Monique Batie)はビリー・ホリデイの愛称Lady Dayに因むものだそうで、ビリーになりきった彼女の熱唱と熱演にも注目です。
物語はビリーがインタビューを受ける場面から切り替わって1947年のカフェ・ソサエティで「奇妙な果実」をリクエストされるシーンでスタート。彼女はこの曲を1939年に初めてこのナイトクラブで歌い、評判になるわけですが、このクラブは他のジャズクラブと違って黒人客も白人客と同じく入場できたこと、作詞作曲したエイベル・ミーアポルが共産党員だったことなど、反発する層がいたであろうことが容易に想像できます。
連邦麻薬局(Federal Bureau of Narcotics)の初代長官ハリー・J・アンスリンガー(Harry J. Anslinger)は、麻薬とジャズミュージシャンの関係に注目しており、政治的にも公民権運動の煽動者になりつつあったビリー・ホリデイを監視下におこうと、元軍属の黒人ジミー・フレッチャーに潜入捜査を命じます。部屋にFBI長官フーヴァーの肖像があることからその意向もあったのでしょう。

同時にビリーの夫ジミー・モンローとマネージャーのジョー・グレイザーと接触し、ステージで「奇妙な果実」を歌わせないように圧力をかけます。多大な影響力をもつビリーがこの曲を歌うことで、黒人の反発心が高まるというのです。ビリーと関係していたといわれる女優のタルラー・バンクヘッドも脅されていたようです。

ジミー・フレッチャーは1ファンの軍人を装ってビリーに近づきます。楽屋などに出入りできるまでの信頼を得てから、ヘロインを使用している現場を急襲してビリーを逮捕します。恵まれた家庭で育ったジミーは、麻薬で身を滅ぼしている黒人を更正させたいという高い理想を抱いており、ビリーが彼らに悪影響を与えているという思いがあったようです。

刑務所のビリーに謝罪し、関係を修復して次の捜査に備えるように命じられるジミー。しかし母からビリーがいかに尊敬できる人物か諭され、ビリーの生い立ちと薬物に救いを求める理由を知った彼は本心から謝罪し、出所後のビリーと新たな繋がりを築いていきます。

アンスリンガーの嫌がらせで、キャバレー・カード(NYのナイトクラブで演奏する許可証)が失効していたビリーは、コンサートホールで演奏するか、NY以外に巡業に出かけるしかありません。カーネギーホールを3日間満席にするだけの実力をもちながら、裏から手を回してカードを入手するというジョン・レヴィを頼ってしまうあたりが彼女の弱さなのでしょう。その結果、彼の裏切りによる再びの逮捕。しかし、裁判でジミーが証言したことでビリーの容疑は晴れます。

ジミーの次の任務は、地方巡業に出たビリーの後を追い、監視すること。バンドの仲間たちはジミーを信用しませんが、ビリーからは信頼を得て、この地方巡業中、彼女がルイ・マッケイとの新たな関係を始めるまでの間、束の間の恋に落ちます。この部分は映画の創作だそうですが、ずっと男性から搾取され、心の傷を深めてきたビリーに、こういう安らぎの時があっても良いのではないかと思わせる展開です。

そのビリーを渾身の演技で表現したアンドラ・デイ。酒と薬物におぼれる不健康な身体に見せようと20キロ痩せ、普段はしない酒やタバコを始めたそうですが、それだけの価値はあったと思います。昨年のアカデミー賞は惜しくも逃しましたが(フランシス・マクドーマンドが受賞)、初めての演技でノミネートされたことも納得でした。

ビリーを取り巻く人々の説明がほとんどありませんので、昨年末のブログでお勧めしたように、去年公開されたドキュメンタリー映画「BILLIE ビリー」と併せてご覧になるとよろしいかと思います。

公式サイト
ザ・ユナイテッド・ステイツ vs. ビリー・ホリデイ(The United States vs. Billie Holiday)
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