映画「ブックセラーズ(The Booksellers)」

The Booksellersニューヨークブックフェア(New York Book Fair)を舞台に、そこに集う人々と希少本(稀覯本)の世界を紹介したドキュメンタリーです。著名なブックディーラー、マニアックな書店主やコレクターなど、個性的としか言いようがない登場人物たちの知られざる姿を見せてくれます。

各シーンで登場する女性は作家のフラン・レボウィッツ(Fran Lebowitz)。ドキュメンタリー「ティファニー ニューヨーク五番街の秘密」にも出てましたが、日本ではエッセー集「嫌いなものは嫌い」の方が有名かも知れません。本作のテーマであるブックビジネスに関わる人たちとは違った立ち位置ですが、随所で挟み込まれる彼女の辛口な発言が映画にメリハリを与えています。

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彼女にとって書店というのは個人経営の店に限るようで、のっけからバーンズ・アンド・ノーブルを全否定していました。オールドスクールな書店が好みのようで、ニューヨークブックフェアに参加している書店のような専門性とクセの強さが必須のようです。

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とはいえ、個人経営の書店を経営していくことは難しい時代に入っているようで、実際、この映画には今はなきスカイライン書店(Skyline Books)の主だったロブ・ウォーレン(Rob Warren)のような人も出てきます。

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書店にとって社会のデジタル化は鬼門で、インターネットの出現で印刷された言葉が失われていき、この業界では“キンドル”という言葉を聞いただけで震え上がるといいます。電子ブックをどうやって書店で売るんだい?と嘆いている人もいました。

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逆に、レフト・バンク・ブックス(Left Bank Books)を蘇らせたエリック&ジェス(Erik DuRon and Jess Kuronen)や、私はアイデアがいっぱいだから将来を楽観視していると言い切っていたレベッカ・ロムニー(Rebecca Romney)のような新規参入組もいますし、手稿や書簡、書き込みのある書物といった資料はデジタル化されにくいでしょうからこの業界がなくなることはなさそうですが……。

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面白かったのはパークアベニューとレキシントン街の間という好立地にあるアーゴシー書店(Argosy Book Store)の三姉妹で、どうしてこの店は生き延びているのかという質問に、不動産を持っているからよ、と身も蓋もない回答をしていました。父親がこの建物を買って残してくれたからやっていけるとのこと。

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週に5〜10件はブローカーから電話がかかってくるがこの地所を売る気はない、売ったら店をやめなくてはならないけど、私たちはこの仕事を楽しんでいるので、不動産業者から受け取るお金を、ここで働く喜びのために支払っているようなものだ、というわけです。

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ブックコレクターのマイケル・ジンマン(Michael Zinman)が言うように、本と個人の関係は恋愛のようなものなのでしょう。妻から“あなたにとって私が最も大切ではないことはわかるけど、私はいったい何番目?”と聞かれ、少し考えてから“6番目かな”と答えたというジンマン。世界有数のアーリー・アメリカンの印刷物コレクターらしい回答です。

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彼に限らず、登場人物の多くがシニカルなインテリなので、さりげなく挟み込むジョークも楽しめます。たとえば最初の方に登場する15世紀スペインの叙情詩でPh.D.をとって15年大学にいたものの、まったくカネにならなかったのでこの世界にきたという希少本ディーラーが語ったエピソード。

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1611年にブリュッセルで印刷された「ドン・キホーテ」の第四版をスペイン人作家の友人に見せた。セルバンテスがまだ生きていた時代の貴重なもので、それを見た作家は泣きそうになった。それは価格が12万ドルだったからではない。そばにあったイアン・フレミングの「カジノ・ロワイヤル」の初版が13万ドルだったからだ。

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それぞれの書店やコレクターがさまざまな本を披露しますが、マンモスの毛が貼られた本、人間の皮で作られた本などの奇書から、ビル・ゲイツが2800万ドル(約30億円)で競り落としたレオナルド・ダ・ヴィンチ「レスター手稿」のような高価な書籍まで紹介されます。

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それに関連して「レスター手稿」を売った側、クリスティーズの競売人だったスティーヴン・マッシー(Stephen Massey)も登場しますし、買う側の有名人、アーカイヴィストのグレン・ホロウィッツ(Glenn Horowitz)やヒップホップ専門のアーカイヴィスト、シリータ・ゲイツ(Syreeta Gates)といった人々も出てきます。ちなみにコレクションとアーカイブの違いは網羅されているかどうかで、コレクションを発展させるとアーカイブになるそうです。

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この映画で注意すべきはエンディング。最後の最後で再びフラン・レボウィッツが登場し、デヴィッド・ボウイに本を貸したときのエピソードを語って映画にオチを付けます。早まって照明がつく前に劇場から出てしまわないように。

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ニューヨークブックフェアが開かれるパークアベニューアーマリー(Park Avenue Armory)は第7連隊兵器庫を改修したイベントスペースだそう。大ホールにはティファニーの大時計がありますが、針は動いておらず、カジノで時間を気にしないのと同じとのこと。希少本の世界は銀河系のはるかかなたに続く道のりのようだという一節が記憶に残りました。

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公式サイト
ブックセラーズThe Booksellers

[仕入れ担当]