イタリアの巨匠マルコ・ベロッキオ (Marco Bellocchio)監督が手がけた最新作は、原題を直訳すると裏切り者。司法に寝返ったマフィア幹部を描く物語で、同監督の長編映画としては3年前に観た「甘き人生」に続く作品となります。
そのマフィア幹部、トンマーゾ・ブシェッタを演じたのは「フォンターナ広場」でアナーキストの鉄道員、「修道士は沈黙する」でイタリア財務相を演じていたピエルフランチェスコ・ファヴィーノ(Pierfrancesco Favino)。もう一人の悔悛者、サルヴァトーレ・コントルノを演じたのは「輝ける青春」の長男ニコラ役、「シチリア!シチリア!」にも出ていたルイジ・ロ・カーショ(Luigi Lo Cascio)で、当初はあまり目立たない役柄ですので序盤の聖ロザリア祭のシーンで名前が表示されたとき顔(髪型はニコラのまま)を覚えておいた方が良いでしょう。

というのは、イタリアの実録ものにはありがちですが、大勢の人物が登場する上、似た名前が多く、本作のようにマフィアの世界だとそれぞれに通称があって誰が誰だかわからなくなってしまうのです。たとえばトンマーゾ・ブシェッタはドン・マシーノと呼ばれたりしますし、コントルノはトトゥッチョという通称を持っていて、ぼんやり観ていると混乱してしまいます。

その他、覚えておきたい人物は、トンマーゾ・ブシェッタの幼なじみで彼の子どもの代父(名付け親)でもあるジュゼッペ・“ピッポ”・カロと、組織の首領であるサルヴァトーレ・“トト”・リイナ。リイナはマフィア界の超有名人で、ソレンティーノ監督「イル・ディーヴォ」では、指名手配中だった彼が時の首相ジュリオ・アンドレオッティと密会していた史実が描かれています。そのアンドレオッティは本作では中盤の紳士服店のシーンと終盤の裁判シーンに登場します。

幕開けは1980年9月4日。ステファノ・ボンターテの邸宅で聖ロザリア祭が行われています。シチリア・マフィアの実力者2人、パレルモを地盤とするボンターテと、コルレオーネを地盤とするリイナが同席しているのですが、その対立は激化していて、仮釈放中だったブシェッタは身を守るためブラジルに逃れると伝えます。そのときカロに、前妻との間にできた息子のことを頼むのですが、彼がブラジルに戻ってすぐにボンターテが銃撃され、続いて同じく敵対していたサルヴァトーレ・インツェリッロと彼の息子も殺されます。

ブラジルに一緒に逃れたのは3人目の妻で、10年ほど前にリオデジャネイロで出会って結婚したイタリア系のマリア・クリスティーナ・グイマレス・デ・アルメイダ。彼女はとても腹の据わった女性で、ブシェッタがブラジル警察に捉えられた際、彼に対する拷問だけでなく、クリスティーナをヘリコプターから宙づりにして自白を強要するシーンが描かれ、ブシェッタが持つ情報の重要性とクリスティーナの根性が示されます。ちなみにアルゼンチンの話ですが「ローマ法王になる日まで」でも治安部隊に捉えられたエステルという女性が拷問の末に飛行機から突き落とされる場面が描かれていて、当時の南米ではありふれたやり方だったのかも知れません。

ベロッキオ監督はボンターテやインツェリッロが殺される画面の端に数字を表示しますが、これがいわゆる第二次マフィア戦争による犠牲者数。最終的に数百人に上ったそうです。闇雲に対立する相手を殺しまくっていたコルレオーネのマフィアが優勢になるのですが、ブラジルから強制送還されたブシェッタが、ジョヴァンニ・ファルコーネ判事に協力を申し出たことで流れが変わります。彼が悔悛した理由はさまざまあるでしょうが、息子のアントニオとベネデットを信用していたカロに殺されたことも理由のひとつでしょう。司法を使った報復ともいえます。

その結果、コルレオーネの一味が捉えられ、大掛かりな裁判に突入していきます。この後のかなりの部分を法廷シーンが占めるのですが、これがまったく退屈させません。イタリアならではなのか、このときの特例的措置なのかわかりませんが、爆笑ものの裁判シーンが続きます。傍聴席では極道の妻たちが大騒ぎしていますし、法廷を囲む壁の鉄格子からは未決囚たちがヤジを飛ばします。圧巻なのは、映画では「対決」と字幕が付けられていた仕組み。証人であるブシェッタと、彼の自白で逮捕された被告たちが判事の前で互いの主張をぶつけ合うというもので、言葉のプロレスのような盛り上がりを見せます。

風景だけを見ていると、いつものことながら“イタリアっていいなぁ”と思うのですが、法廷シーンを見ていると“やっぱりイタリア人って・・・”という気分になります。彼らこそ南イタリアらしさ溢れる、愛すべき人たちなのでしょう。登場人物たちのクセの強さを味わうだけでお腹いっぱいになります。

2時間30分の大作ですが、内容がてんこ盛りですので、それほど長さを感じさせません。冒頭で記したように、その人がどういう人物か把握していれば、かなり楽しめると思います。
公式サイト
シチリアーノ 裏切りの美学(Il traditore)
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