1950年代のウエストコースト・ジャズを代表するトランペッター、チェット・ベイカー(Chet Baker)の伝記をベースにした作品です。主演のイーサン・ホーク(Ethan Hawke)が素晴らしい演技をみせた上に歌まで披露しています。これがまた味わい深くて、じわっと染みてきます。
もちろん使われている音楽も最高です。オープニングとエンディングがNYバードランドでの演奏シーンなのですが、冒頭のチェット・ベイカーとマイルス・デイヴィスが競演する場面で、このままずっと演奏していて!と思ってしまうほどの気持ち良さ。回想シーンの雰囲気あるモノクロ映像とあいまって、一気に作品の世界に引き込まれていきます。
こちらの記事によると、実際にトランペットを吹いているのはケビン・ターコット(Kevin Turcotte)というトロント出身のミュージシャンだそうですが、選曲とアレンジを担当したデイビット・ブレイド(David Braid)とのコンビネーションが良かったのでしょう。私が観た回はエンドロール(Born to Be Blueが流れます)が終わるまで誰も客席を立たず、じっくり聞き入っていました。
監督は、ほぼ無名のロバート・バドロー(Robert Budreau)。あえて史実にはこだわらず、映画出演の話があったことや、ドラッグディーラーに殴られて再起を危ぶまれたことなど、実際にあった事件を織りまぜながら、チェット・ベイカーならありそうだと思えるような物語を紡ぎ出しているところが見事です。
そしてイーサン・ホーク。最近は「ビフォア・ミッドナイト」や「6才のボクが、大人になるまで。」しか観ていないせいか彼の巧さを忘れていましたが、チェット・ベイカーの苦悩が痛いほど伝わってくる名演です。イーサン・ホークの弱気なたたずまいが、ヘロインで転落した後のチェット・ベイカーを描いていくこの作品にぴったり合っていて、切なげに歌い上げる“I’ve Never Been in Love Before”や“My Funny Valentine”も良い感じ。もう一度ききたくて思わずサントラを買ってしまいました。
物語は50年代に一世を風靡し、60年代にヘロインで身を滅ぼしていったチェット・ベイカーに自伝映画の話が舞い込み、その撮影で出会ったジェーンに支えられて再起を図っていくという展開になっています。
このジェーンという女性は架空の存在だそうですが、演じたカルメン・イジョゴ(Carmen Ejogo)が醸し出す雰囲気のおかげか非常に自然です。それ以外、前歯を折られたのは1966年に実際にあった事件で、故郷のオクラホマ州に戻ってガソリンスタンドで働いていたことも実話だそうです。そしてメタドン治療を経て、ディジー・ガレスピーの助けで復活を果たすのも実話とのこと。
甘いマスクでジャズ界のジェームズ・ディーンと呼ばれていたチェット・ベイカー。オクラホマ州の場面では、映画「ディーン、君がいた瞬間」でジェームズ・ディーンが故郷のインディアナ州に還る場面を思い出しました。
あたり一面、何もない荒涼とした大地。そんな田舎で育ちながら都会を夢見ていたという点も、突如として人気に火がついたという点も似ているような気がします。ちなみに年齢的にはチェット・ベイカーが2つ年上。ジェームズ・ディーンが「エデンの東 」で脚光を浴びたのが1955年、チェット・ベイカーの“Chet Baker Sings”がリリースされたのが1956年です。
ドラッグディーラーに前歯を折られ、トランペットが吹けなくなったチェット・ベイカー。自分には音楽しかないという強い思いで必死に練習しますが、殴られた原因がドラッグ絡みのトラブルということもあって誰からも相手にされません。ずっと彼を支えてきたパシフィック・ジャズ・レコードのディック・ボック(Richard Bock)さえも首を横に振る始末。
ほぼ復帰は不可能と思われ、しばらくは音楽活動といってもマリアッチの演奏に参加する程度だったようですが、1973年にはニューヨークのステージに立ちます。実際はバードランドではなく、1972年にソーホーから54丁目に移転したハーフノート(Half Note club)とのことですが、この後、欧州に拠点を移して死ぬまで活動を続けていくわけです。そういえばエルヴィス・コステロのShipbuildingでもトランペットを吹いていましたよね。
黒人が中心だったジャズ界で、自分は白人だというコンプレックスを抱きながらステージに上がっていたチェット・ベイカー。映画の中でもマイルス・デイヴィスに対する畏怖が執拗に描かれます。ヘロインに頼ったのもその壁を乗り越えるためだったのかも知れません。
そんな彼がNYで再起を果たした後、欧州を選ぶというのも因縁深い話ですね。
チェット・ベイカーの繊細な内面をリアルに表現したイーサン・ホークの演技を堪能しながら、素敵な音楽に身を委ねてください。チェット・ベイカーの誕生日、12月23日にはBunkamuraでイベントもあるようです。
公式サイト
ブルーに生まれついて(Born to Be Blue)
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