エイミー・ワインハウス(Amy Winehouse)の激烈な人生を追ったドキュメンタリー作品です。今年のアカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を獲得しました。監督は2010年のアイルトン・セナのドキュメンタリーで評価を高めたアシフ・カパディア(Asif Kapadia)、ロンドン出身のインド系英国人です。
ご存じのように、エイミー・ワインハウスは英国ミドルセックス出身のジャズシンガー。ややポップな2枚目のアルバム“Back to Black”で世界的スターになったことから、ソウルやR&Bに分類されることも多いようですが、この映画でも終始、自分のことをジャズシンガーだと言っていますので、1枚目のちょっと地味な“Frank ”の方が本来の姿なのかも知れません。
ちなみに彼女名義のアルバムとしてはもう1枚“Lioness:Hidden Treasures”がありますが、これは追悼コンピレーションですので、実質2枚のアルバムしか遺さなかったわけです。
本作は、薬物中毒をめぐるスキャンダラスな面ばかり報道された彼女の真の姿を伝える良質なドキュメンタリーであると同時に、ドラマを観るように心揺さぶられる感動的な映画だと思います。
映画の始まりは、友だちの誕生日パーティで撮られた映像。みんなで歌っていたHappy Birthdayを引き継いで、十代前半のエイミーが独唱するのですが、これがソウルフルで素晴らしい歌唱力。セロニアス・モンクなどのジャズが好きな父親、キャロル・キングなどのポップが好きな母親のもと、音楽に囲まれて育ったとはいえ、天性のものとしか言いようがありません。彼女の天才たる所以が一瞬にしてわかります。
彼女は16歳のときに演劇学校を退学処分になりますが、その時代の友人のツテで知り合ったニック・シマンスキー(Nick Shymansky)という、サイモン・フラーの19 Entertainmentに入社したばかりの19歳の若者をマネージャーにして音楽活動をスタートします。そして2002年にソニーATVと契約。2003年にはアイランドレコードからデビューシングルの“Stronger Than Me”、デビューアルバムの“Frank”をリリースし、ブリット・アワードにノミネートされるなど高い評価を受けます。
2005年、彼女が22歳のときにブレイク・フィールダー(Blake Fielder)という男性と恋に落ちます。ちょうど2枚目のアルバムの曲作りをしていた時機で、精神的に疲弊していたのでしょう。この根っからのジャンキーと出会ったおかげでエイミーは薬物依存を深めていきます。
その後、ブレイクが元カノと復縁して去ったことで彼女のアルコール依存が悪化し、見かねたマネージャーのニックや友人たちが施設に入れてリハビリ(Rehab)を受けさせようとしますが、本人や父親の反対で実現しません。それでも年末にはなんとか復活し、音楽プロデューサーのサラーム・レミ(Salaam Remi)のマイアミの自宅スタジオで作曲に励んで、2006年の春にはマーク・ロンソン(Mark Ronson)のプロデュースでレコーディングに入ります。
そうして2006年10月27日にリリースされたのがセカンドアルバムの“Back To Black”で、ここからシングルカットされた“Rehab”が世界的な大ヒットとなります。アルバムで歌われている曲の多くが恋人との破局や依存症の苦しみをテーマにしているのが皮肉です。
世界中の誰もが知るセレブへと大きくはばたいたわけですが、彼女にはその重圧に耐えられる強さはなかったようです。2007年早々にブレイクと復縁して5月に結婚。クラックやらヘロインやらハードドラッグの世界にのめり込んでいきます。これからが大変で、夏にはドラッグの過剰摂取で病院に運び込まれ、秋にはブレイクが逮捕されます。
荒みきった私生活とは裏腹に、その翌年、2008年2月のグラミー賞で最優秀新人賞や最優秀楽曲賞など5部門に輝き、名実ともに世界的なシンガーとなります。ドラッグ問題で米国に入れなかったエイミーは、ロンドンからの衛星中継で授賞式に参加したのですが、賞のプレゼンターとしてトニー・ベネット(Tony Bennett)とナタリー・コール(Natalie Cole)が登場したときの無垢な表情が印象的です。ずっと憬れの存在だった彼らが登場しただけで子どものようにはしゃいでいたエイミー、自分の名前を読み上げられたときはさぞ感無量だったことでしょう。
しかしここが彼女の音楽的ピークで、その秋には新作アルバムの制作に入りますが、遅々として進まず、翌2009年、友人たちと半年ほど滞在した英連邦セントルシアからの報道写真を獄中で見たブレイクから離婚申請が出されます。そうした浮き沈みの激しい暮らしの中で、2011年に最期を迎えるまでもがき苦しみ続けることになります。
映画の終盤、彼女とデュエットしたトニー・ベネットが語る“If she had lived, I would have said; Slow down. You’re too important. Life teaches you really how to live it. If you can live long enough”(長生きすれば人生から生き方を学べる、と言ってあげたかった)という言葉が心に響きます。
私が観た回は、終映後にピーター・バラカンさんのトークショーがありました。本作の字幕は、石田泰子さんが翻訳して彼が監修したそうで、どうりで先日のエディ・リーダーのライブで盛り上がっていたはず(詳しくはこちらの文末)です。この晩のバラカンさんのお薦めは“Tears Dry On Their Own”(Youtube)でしたが、私はこの映画の後には、じわっと染みる“Love is a losing game”が聞きたいなと思いながら帰路につきました。
[仕入れ担当]