映画「裸足の季節(Mustang)」

00 とっても素敵な映画です。監督はトルコ出身のデニズ・ガムゼ・エルギュベン(Deniz Gamze Ergüven)。シンプルながら深い余韻を残す物語も、少女たちの瑞々しさをあますことなく捉えた映像も、使われている音楽も、どれもこれも素晴らしくて、これが長編デビュー作とは思えません。

監督は幼少の頃にフランスへ渡ったそうで、トルコを舞台にしたトルコ語の映画にもかかわらず、フランス代表として今年のアカデミー賞の外国語映画部門に出品されました。それを誇りに思うとマリオン・コティヤールが意見表明していましたが、彼女の発言も納得できる上質な映画です。

物語の舞台はトルコ最大の都市イスタンブールから1000km離れた小さな村。始まりは少女がイスタンブールに転勤になる女性教諭との別れを惜しむシーン。そして下校途中の少女たちが海岸で男子生徒たちとふざけ合うシーンへと続きます。

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海水に濡れながら無邪気にはしゃぐ姉妹の美しさもさることながら、彼女たちを取りまく風景の美しさもまた格別です。ロケ地はカスタモヌ県イネボルの西にある黒海に面した村だそうで、思わず旅に出たくなるような素敵な景色です。

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きらめくような映像で始まった物語ですが、彼女たち5人姉妹の溌剌とした生活もここでおしまい。少年たちの肩車で騎馬戦に興じていたことが告げ口され、伯父から外出を禁じられてしまいます。

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姉妹は10年前に事故で両親を失い、それ以来、祖母と伯父が暮らすこの家で育てられてきました。トルコの片田舎にはいまだ家父長制的な慣習が息づいていて、ものごとの決定権は伯父エロルにあるようです。

エロルは女性にとって純潔が何よりも大切だと信じて疑いませんし、祖母も結婚が女性の幸福だという価値観から離れられませんので、姉妹の奔放さは忌むべきこと。彼女たちを家に閉じ込め、適齢期を迎えた娘から結婚させてしまおうという考えなのです。

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長女ソナイは交際していた同級生のエキンに正式の申し込みをさせて結婚に進みますが、おとなしい次女セルマは見合いでオスマンという男性との結婚が決まります。

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落ち込んでいるセルマに、末っ子のラーレが逃げ出そうと誘いますが、1000キロも離れたイスタンブールに行けるはずもありません。諦念を露にしてオスマンにもらわれてくセルマ。同様に見合いで結婚が決まった三女エジェは、エロルとの関係もあって、さらに深い絶望を抱え込みます。

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そして四女ヌルの結婚式当日、末っ子のラーレの先導で逃亡を企て、物語はクライマックスに向かいます。そのラーレを演じたギュネシ・シェンソイ(Güneş Şensoy)の意思の強そうな視線が強い印象を残す映画です。

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彼女をはじめ、三女エジェ役のエリット・イシジャン(Elit İşcan)を除く4人は演技経験がなかったそう。それが幸いしたのか、彼女たちの自然な表情が監督の創り出す世界にぴったり合っていて、まるで本当の姉妹の生活を見ているかのように、知らず知らず引き込まれていってしまいます。

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そして、物語の根底にある女性蔑視。現代の日本ではこれほど露骨な男尊女卑は見られないとはいえ、女性なら誰もがこの種の社会的圧力を経験したり感じたりしたことがあると思います。

それを単純な男女の対立として描かず、美しい映像で包み込みながら自立の物語に昇華させているあたりがこの監督のスタイルなのでしょう。終映後、じわっと染みてくる作品です。

公式サイト
裸足の季節Mustang

[仕入れ担当]