ザル・バトマングリ(Zal Batmanglij)という若いイラン系アメリカ人の監督が手がけた映画です。環境保護を標榜するテロリスト集団に潜入した捜査官が、次第に彼らの主張に傾いて善悪の彼岸へ渡ろうとする物語。監督と主演のブリット・マーリング(Brit Marling)は、共にジョージタウン大学の学生だったときに出会い、その後、一緒に映画を作っているそうです。
監督も主演女優も無名に近いので、ほとんど注目されていませんが、物語の着想といい、ほどよい緊張感を保ったリズミカルな展開といい、なかなか楽しめる映画です。FOXサーチライトが配給権を得て、リドリー・スコットとトニー・スコットの兄弟がプロデュースしただけのことはあると思います。
ブリット・マーリング演じるジェーンは元FBIのエージェント。テロから企業を守る民間企業であるHiller Broodに採用され、エコ・テロリズムを行なう秘密組織、イーストへの潜入捜査を命じられます。
サラという偽名に変え、放浪者に紛れて貨物列車に無賃乗車して旅する中で、ルカという青年を警察の摘発から助けます。彼の車のミラーに下げられたイーストのシンボルに気付いたサラは、怪我を装ってアジトに連れて行かれるように仕向けます。
潜入に成功したサラは、その主導者であるベンジたちと出会い、次第に彼らの主張に共感するようになります。最初はサラを排除しようとしていたテロ強行派の女性、イジーからも信頼を得て、イーストのメンバーとしての居場所を得ますが、だからといってテロ行為を容認するわけにはいきません。
Hiller Broodの上司であるシャロンに報告しますが、クライアント以外へのテロ行為は勝手にやらせておき、クライアントのみを守ればよいと言い放つシャロン。部分的には個人的な報復とはいえ、真摯に社会正義を追求しようとするイーストのメンバーたち。ベンジの生き方に惹かれ、サラの価値観は大きく変化していきます。
このベンジを演じたのが「メイジーの瞳」にも出ていた長身のイケメン、アレクサンダー・スカルスガルド(Alexander Skarsgård)。
そしてイジーを演じたのが、最近、同性愛者であることをカミングアウト(Youtube)して話題になった「JUNO/ジュノ」のエレン・ペイジ(Ellen Page)。現在制作中の「Freeheld」ではジュリアン・ムーアとレズビアンのカップルを演じるそうですが、今後が楽しみな女優さんです。
ちなみにザル・バトマングリ監督は、挿入曲のDoc’s Piano Song(Youtube)を提供している弟のロスタム(Rostam Batmanglij)ともどもオープンリー・ゲイです。
この映画の脚本は、ザル・バトマングリ監督と主演のブリット・マーリングが共同で書き上げたそうですが、彼らはまず手始めにフリーガニズム(Freeganism)について調べたそう。フリーガニズムというのは、食品廃棄を減らすために食品の購入を控え、廃棄されたものを食べて暮らすライフスタイルで、ルカがゴミ箱を漁って食料をかき集めてくるシーンで描かれているものです。
表面的にはホームレスと同じですが、ルカとイジーがブラウン大学で出会ったことが明らかにされるあたりで、彼の行為が貧困ではなく思想に基づくものであることが伝わるようになっています。ジェーンもメリーランド大学のスウェットシャツを着ていましたが、エコ・テロリストというのは一種のカルトですから、高学歴な人がはまっていることを示してリアリティを高めているのでしょう。
ただ残念なのは、この映画の前提となっている、環境を汚染する企業vs環境を守ろうとする活動家という単純な対立関係にリアリティがないこと。エリン・ブロコビッチの時代ならいざ知らず、現代社会に暮らし、こういう映画を観ようという人が環境問題の複雑さ、難しさを知らないはずはないと思います。
たとえば、有名なエコ・テロリストであるシーシェパード(Sea Shepherd Conservation Society)に、パタゴニア(patagonia)という企業が資金提供していることは有名な話です。そしてこのパタゴニア、環境意識の高い企業かといえば決してそんなことはなく、2年ほど前には、有機フッ素化合物で環境汚染していると指摘(グリーンピースのリリース、パタゴニアの回答)されています。つまり映画の中で攻撃される企業とまったく同じ行為をしながら、エコ・テロリストの仲間でもあるわけです。
ついでにいえば、シーシェパードの支援国といわれるオーストラリアも、つい先日、グレートバリアリーフへの土砂廃棄で国際的に非難(記事)されたばかり。何でもアボット首相は「地球温暖化論は完全にたわごとだ」と発言した過去があるそうですが、平気で海洋投棄をするシーシェパードだけでなく、パタゴニアもオーストラリアも、エコというよりエゴの強さばかりが目立ちます。
そんなわけで、個人的に環境問題の扱いには疑問を感じましたが、スリラー映画としてはなかなか面白いので、インフライトムービーなどでご覧になると良いと思います。
[仕入れ担当]