観賞後、じわっと心に染みてくるタイプの映画です。岩波ホールらしい味わい深い作品だと思います。
南仏マルセイユに住むミシェルとマリ・クレールの初老の夫婦。ずっと労組の活動を続けてきたミシェルは、座右の銘がジャン・ジョレス(Jean Jaurès)の言葉という筋金入りの社会主義者です。
ミシェルの勤務先で人員整理があり、組合員の総意として、くじ引きで選ばれた20人が自主退職することになります。
組合幹部は除外できたようですが、公平を重んじるミシェルは自らも対象に含め、結局、くじに当って失職することに。
老人介護の仕事を続けているマリ・クレールからは「ヒーローと暮らすのは大変だ」と皮肉られますが、それでも家事を分担しながら、2人は仲睦まじく暮らしています。
そんな折、彼らの結婚30年のお祝いが行われ、それぞれ家庭を持っている子どもたちから、キリマンジャロ観光(タンザニア行きの旅行券とおこずかい)入りの宝箱を、幼なじみの同僚から、子どもの時に失くしたスパイダーマンのコミックをプレゼントされます。
仕事を失った虚脱感や小さなトラブルを乗り越え、家族や仲間に支えられて平穏に暮らしていましたが、ある晩、強盗が押し入り、クレジットカードの他、プレゼントの宝箱とコミックが盗られてしまいます。
しかし偶然、コミックを読んでいる幼い兄弟をミシェルが見かけたことから、強盗犯がミシェルと一緒に失職した若い同僚クリストフだったことがわかります。
クリストフが逮捕され、面会に行ったミシェルは、労組幹部に対する偏見と不満を語るクリストフを殴ってしまいます。そしてミシェルとマリ・クレールは、クリストフが母親に代わって幼い弟2人を養っていたことを知ります。ミシェルとマリ・クレールの夫婦が、この事実にどう向き合っていくのかという部分を軸に、物語が展開していきます。
ミシェルを演じたのは「ル・アーヴルの靴みがき」で刑事を演じていたジャン・ピエール・ダルッサン(Jean-Pierre Darroussin)、マリ・クレールを演じたのは、ロベール・ゲディギャン(Robert Guédiguian)監督のパートナーでもあるアリアンヌ・アスカリッド(Ariane Ascaride)。この2人の人情味あふれる演技が印象に残ります。
また、陽光溢れるマルセイユの風景も素敵です。困難に打ち克ち、理想を追うこの夫婦の生きかたに説得力があるのも、この空気感のおかげだと思います。ただ、強い陽射しのせいで、寺尾次郎さんの字幕が見え難いのは、ちょっと残念でしたが…。
ちなみに「キリマンジャロの雪」というのは、結婚30年のお祝いのシーンで歌われる曲に由来するもので、ヘミングウェイの小説とは関係ありません。この曲の他に、ジョー・コッカーが歌うMany Rivers to Crossと、ブロンディのHeart of Glassが使われていますが、特にMany Rivers to Crosの歌詞のところどころが、この映画のテーマと重なるような気がします。
ということで、数年前に訪れたマルセイユの港を思い出しただけでなく(この話は長くなるのでまた別の機会に)、いろいろなことを考えさせられた映画でした。
公式サイト
キリマンジャロの雪(Les neiges du Kilimandjaro)
[仕入れ担当]