映画「ありふれた教室(Das Lehrerzimmer)」

Das Lehrerzimmer ドイツの学校を舞台にした、一見、地味な作品ですが、意外に評判が良いので観てきました。監督はベルリン生まれのトルコ系ドイツ人イルケル・チャタク(Ilker Çatak)。彼にとって長編映画4作目にあたるそうですが、日本で公開されたのはこれが初めてだと思います。ベルリン映画祭やドイツ映画賞で賞を獲得したほか、ドイツ代表として米国アカデミー国際長編映画賞に出品され、最終ノミネートに残りました(受賞は「関心領域」)。

映画の始まりは、男生徒と女生徒が教師たちから質問されている場面。校内で盗難が相次いでいるらしく、クラス委員の二人を呼び出し、最近、様子が変わった生徒がいるか訊きだしています。傍らに担任らしき若手教師カーラが座っていますが、端から生徒を疑ってかかるやり方に不満を抱いているようで、生徒たちに“答えたくなければ言わなくていい”と助け船を出します。

しかし男性教員2人、トーマスとミロスは机上にクラス名簿をひろげ、ペンで名前を指していくから頷くだけで良いと食い下がります。女生徒ジェニーは拒絶したものの、男生徒ルーカスは屈服した様子で頷いてしまいます。

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場面が変わり、カーラが数学の授業をしていると、ベーム校長、トーマス、ミロスが教室に入ってきて、男子生徒たちに、財布を机に置いて前方に集まるように命じます。まず、何も置かないで机を離れたオスカーが問いただされますが、財布を持っていないことがわかり、その後、トルコ系のアリの財布から大金が見つかります。

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校長はアリの両親を呼び出し、カーラを交えて面談を行います。しかしそこでわかったのは、そのオカネは従兄弟のプレゼントを買うために両親がアリに持たせたものだということ。アリの疑いは晴れましたが、彼の両親は人種に基づく偏見だと非難します。

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教員室のコーヒーポットの脇に貯金箱が置かれていて、各自がコーヒー代として小銭を入れるルールーになっているのですが、カーラがコピーをとっていた際、教員の一人が貯金箱をひっくり返して小銭を盗む場面を目にします。一連の盗みについて、トーマスやミロスは生徒たちを疑っていますが、実は教員の仕業ではないかと思い始めるカーラ。

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教員室の椅子の背にかけたジャケットの内ポケットに財布を残し、机上のラップトップの録画機能をONにしたまま、体育の授業に向かいます。授業の後、教員室に戻って動画を再生すると、ジャケットのポケットに手を差し入れる人物が映っていて、財布を確認するとオカネが抜かれています。

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その特徴的なブラウスの柄から、動画に映っていた人物はベテラン事務員のクーンだとわかります。早速、彼女と話をしますが、当然のごとく全否定です。為す術なくベーム校長に報告するカーラ。動画を見た校長はすかさずクーンを呼び出しますが、まったくオカネが入っていない財布をみせて無実を訴えます。とりつく島もなくシラを切り通す彼女に校長は休職を命じ、怒った彼女は、息子のオスカーを連れて帰宅してしまいます。彼女は、クラスで唯一、財布を持っていなかった生徒オスカーの母親なのです。観客はぼんやりとこの母子の経済状態を思い描くことになります。

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生徒への疑いを晴らしたいばかりに、ふとした思いつきで録画したカーラでしたが、隠し撮りの行為そのものも責められ、事態が思いがけない方向に拡大していってしまいます。クラスの優等生だったはずのオスカーはカーラを敵視して授業ボイコットを先導しますし、英国への修学旅行の説明会として開催した保護者会にクーンが現れ、カーラの卑怯な行為を糾弾します。オスカーを犯人の息子だとウワサする生徒もいますし、新任教師としてのカーラにインタビューするはずだった学校新聞は、事件の真相を聞き出そうと彼女に詰め寄ります。

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カーラのちょっとしたボタンの掛け違いから、ものごとがどんどん悪い方に転がって行ってしまうのですが、学校の運営体制がおかしいわけでもありません。

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ドイツでは6歳から4年間の初等教育を終えた後、職業教育を受けるために実科学校や基幹学校の5年生になるか、高等教育へ進むためにギムナジウムの5年生になるか分かれますが、この映画の舞台になっているのはギムナジウムの7年生のクラスで、日本でいえば中学1年生にあたります。とはいえ完全に大人扱いされていて、処分を決める会議には教員と並んで生徒の代表2人が出席していますし、学校新聞も報道の自由を訴えて教員の関与を拒みます。

また、このギムナジウムではゼロトレランス方式(Nulltoleranzstrategie)を採用していて、情実を交えた一貫性のない対応を排除し、ルールに基づく毅然とした対応を方針としています。それも生徒の人格を尊重し、彼らを大人と同格に扱っているからこそ可能になるわけで、決して問題視されるような制度ではありません。

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その上、生徒たちの人種構成が多様でカーラもポーランドからの移民ですが、各自の異なる文化的背景が争いの火だねにならないように注意深く行動しています。盗みを働いた当人は別として、誰にも落ち度がないのに、最終的にすべての人が悪者に見えてきてしまうのです。そんなヒリヒリするような展開をスリリングにみせていく映画です。

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正義感の強い熱血教師カーラを演じたのは「白いリボン」でエバ役だったレオニー・ベネシュ(Leonie Benesch)。彼女が憤り、落胆することで話が進んでいく物語であり、ほぼ彼女の映画と言って良いでしょう。

ベーム校長役は「白いリボン」でエバの母親役だったアンネ=カトリン・グミッヒ(Anne-Kathrin Gummich)、教師トーマス役はミヒャエル・クラマー(Michael Klammer)、教師ミロス役は「水を抱く女」のラファエル・シュタホビアク(Rafael Stachowiak)が演じています。

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レオニー・ベネシュに劣らない素晴らしい演技をみせたオスカー役は映画初出演のレオナルド・ステットニッシュ(Leonard Stettnisch)。ミヒャエル・クラマーの実の息子だそうです。そして彼の母親フリーデリーケ・クーン役はエーファ・レーバウ(Eva Löbau)が演じています。

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ありふれた教室Das Lehrerzimmer

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