映画「フレンチ・ディスパッチ(The French Dispatch)」

French Dispatch ウェス・アンダーソン(Wes Anderson)監督の面目躍如といえるオシャレ映画です。いつもながらの特徴ある色彩と構図、豪華な俳優陣で創られている上に、シーンによってカラーとモノクロ、実写とアニメーションが切り替わり、アスペクト比も前々作「グランド・ブダペスト・ホテル」より自由に変化します。もちろん、さまざまな映画からの引用などシネフィル的な思い入れもたっぷりですが、それ以上に、フランス映画をはじめとするフランス文化への憧憬を前面に打ち出した作品です。

単刀直入に言えば、あの独特の世界観が好きな人はハマるけれど、ピンとこない人はまったく馴染めないというタイプの映画。最近、知ったのですが、彼が創り出す映像のような風景を集めたインスタグラムのページ”Accidentally Wes Anderson(≒思いがけずウェス・アンダーソン)”がなんと書籍になっているんですね。ちょっと検索したら、映像を分析したカラーパレット、Wes Anderson Palettesまであってびっくりしました。ということで世界中に大勢いる熱心なファン向けの映画です。

物語の舞台はフランスの架空の街アンニュイ・シュール・ブラゼ(Ennui-sur-Blasé)にある雑誌社。ennuiは倦怠や退屈、blaséは飽きや無関心を意味する仏語由来の言葉。それをフランスの地名によくあるsur(uponの意味)で繋いで作った地名ですが、こういうセンスを面白いと思えるか否かで観に行くかどうか決められそうです。

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そこで発行されている雑誌がフレンチ・ディスパッチ誌で、意味的にはフランス特派員報告といった感じでしょうか。そもそもは米国の地方紙、ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サンの跡継ぎだったアーサー・ハウイッツァー・Jr.がフランスに渡り、その新聞の別冊として“スロージャーナリズム”を目指す雑誌を創刊したという設定です。カンザス州モンゴメリー郡リバティは実在の町ですが、100人あまりの住民数で地方新聞社は成り立たないでしょうから、米国にある小さな田舎町という以上の意味はないと思います。

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以前「ウィンターズ・ボーン」のブログにも書いたのですが、私はカンザスでホームステイしたことがあって、その際、憧れだった米国への見方が180度変わりました。要するに、こんな田舎にはいられない、ということなのですが、映画のハウイッツァーも、洗練された雑誌を作りたいという思いがカンザスの土地柄とは合わなかったのでしょう。フレンチ・ディスパッチ誌は、アンダーソン監督が若い頃から好きで今もバックナンバーをファイルしているというニューヨーカー誌がモデルだそうで、彼も生まれ故郷のテキサスで暮らしながら都会的なライフスタイルに憧れていたのだと思います。大学卒業後はニューヨークに移り、今はパリで暮らしているといいますので、ハウイッツァーの人物造形には監督自身の過去、田舎から逃げ出したい気持ちが投影されていそうです。

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映画はビル・マーレイ(Bill Murray)演じるハウイッツァーが亡くなったところからスタート。そのモデルは、当然というか、ニューヨーカー誌を妻ジェーン・グラントと共同で創設した編集者ハロルド・ロス(Harold Ross)と、その後を継いだウィリアム・ショーン(William Shawn)だそうです。

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ハウイッツァーの遺志によってフレンチ・ディスパッチ誌は廃刊になる予定で、映画で描かれるのはその最終号に掲載される4編。まず巻頭記事であるアンニュイ・シュール・ブラゼの街案内(The Cycling Reporter)、そして特集1「確固たる名作(The Concrete Masterpiece)」、特集2「宣言書の改訂(Revisions to a Manifesto)」、特集3「警察署長の食事室(The Private Dining Room of the Police Commissioner)」と続いていきます。

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巻頭記事は、監督の盟友オーウェン・ウィルソン(Owen Wilson)演じる記者のエルブサン・サゼラックが自転車で街巡りをする企画。その人物像はニューヨーカー誌きっての名文家といわれたジョセフ・ミッチェル(Joseph Mitchell)と自転車取材で有名な写真家ビル・カニンガム(Bill Cunningham)を組み合わせたものだそうです。ちなみにエルブサンという言葉はルイジアナ州ニューオーリンズにあったアニス風味リキュール(アブサンの代用品)のブランド、サゼラックはライ・ウイスキーとアブサンをベースにしたカクテルの名称です。

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映画の撮影場所はシャラント県アングレーム(Angoulême)とのことですが、街のイメージはパリの下町、おそらくモンマルトルあたりではないでしょうか。入り組んだ狭い路地を抜け、街娼やジゴロ、ネズミや不良が出没するいかがわしい界隈に入り込んで、街の歴史と現在の姿を紹介していきます。自転車で走り回るのはジャック・タチ監督「ぼくの伯父さん」へのオマージュだそうです。

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特集1はティルダ・スウィントン(Tilda Swinton)演じる美術評論家J・K・L・ベレンセンによる記事。モデルはロザモンド・ベルニエ(Rosamond Bernier)だそうですが見た目はダイアナ・ヴリーランド風です。

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テーマは殺人罪で収監されている画家モーゼス・ローゼンターラーをめぐる一件で、創作をやめていた彼が看守のシモーヌに惹かれ、彼女をモデルに新作を描き始めます。それを知った美術商ジュリアン・カダージオが画家を釈放させようと画策し、彼の作品をオークションにかけるという話ですが、特集タイトルのダブルミーニングでアート作品の売買と所有という現代美術の問題を投げかけながら、件の画家の作風をフレンチ・スプラッター・アクション派(French Splatter-school Action-group)と解説してふざけます。

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画家を映画「素晴らしき放浪者」のミシェル・シモンのイメージでベニチオ・デル・トロ(Benicio Del Toro)、その若い頃をトニー・レヴォロリ(Tony Revolori)、看守をレア・セドゥ(Léa Seydoux)、初代デュヴィーン男爵(Joseph Duveen)にヒントを得たという美術商をエイドリアン・ブロディ(Adrien Brody)が演じています。また、アングレームに敬意を払い、特産品のフェルトのスリッパ、シャランテーズを囚人たちに履かせているそうです。

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特集2は孤高のジャーナリスト、ルシンダ・クレメンツによる学生運動のレポート。演じるのはフランシス・マクドーマンド(Frances McDormand)で、モデルは1968年のフランスの学生暴動に関する記事を書いたカナダ人作家メイヴィス・ギャラント(Mavis Gallant)だそうです。

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学生運動のリーダーであるゼフィレッリ・Bが両親の友人であるルシンダにマニフェストの校正を頼み、ルシンダは彼を通じて学生運動を取材するという話。二人はいつしか深い仲になるものの、ゼフィレッリはグループの会計係ジュリエットと恋愛関係になってルシンダは静かに身を引きます。

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ゼフィレッリは五月危機の指導者ダニエル・コーン=ベンディット(Daniel Cohn-Bendit)がモデルだそうで、演じたティモシー・シャラメ(Timothée Chalamet)はゴダール監督「男性・女性」のジャン=ピエール・レオーのイメージ、ジュリエットを演じた「パピチャ」のリナ・クードリ(Lyna Khoudri)はジャック・リヴェット監督「北の橋」のパスカル・オジェとゴダール監督「中国女」のアンヌ・ヴィアゼムスキーのイメージだそうです。

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特集3は祖国を追われたフードライターのローバック・ライトが、伝説のシェフで警察署長お抱えの料理人であるネスカフィエを取材しようとしたところ、警察署長の息子が誘拐されてしまうという事件を扱ったもの。ライターのモデルは米国人作家ジェームズ・ボールドウィン(James Baldwin)とグルメなニューヨーカ誌記者A・J・リーブリング(A. J. Liebling)だそうで、ジェフリー・ライト(Jeffrey Wright)が演じます。

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フィルムノワール風の警部やギャングが登場し、漫画タンタンシリーズ風のアニメを織り交ぜて展開するこのパートは、警察署長をアンリ=ジョルジュ・クルーゾー監督「犯罪河岸」のルイ・ジューヴェのイメージでマチュー・アマルリック(Mathieu Amalric)、エスコフィエをもじったレオナール・フジタ似のシェフをスティーブン・パーク(Stephen Park)が演じます。

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その他、ウィレム・デフォー(Willem Dafoe)、エドワード・ノートン(Edward Norton)、イポリット・ジラルド(Hippolyte Girardot)、シアーシャ・ローナン(Saoirse Ronan)が目立たない役で登場するあたりも見どころでしょう。

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これだけ記してもまったくネタバレにならないところがこの監督のスゴイところで、小ネタはまだまだ盛りだくさん。すべては観てのお楽しみです。

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エンドロールはフレンチ・ディスパッチ誌バックナンバーの表紙で、ニューヨーカー誌の表紙を描いたピーター・アルノ(Peter Arno)、チャールズ・アダムス(Charles Addams)、リュック・サンテ(Luc Sante)へのオマージュを込めてスペイン人イラストレーターのハビ・アズナレス(Javi Aznarez)が描いたそうです。

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次作はスペインのマドリード南部チンチョンで撮影した米国が舞台の作品とのこと。常連のビル・マーレーやティルダ・スウィントン、エイドリアン・ブロディの他、トム・ハンクスやマーゴット・ロビー、スカーレット・ヨハンソンがキャスティングされているようです。今から楽しみですね。

公式サイト
フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊The French Dispatch of the Liberty, Kansas Evening Sun

[仕入れ担当]