映画「ビルド・ア・ガール(How to Build a Girl)」

How to Build a Girl 英国の作家キャトリン・モラン(Caitlin Moran)が2014年に発表した同名の自伝的小説の映画化です。モランはジャーナリスト、批評家、コラムニスト、TV司会者など幅広く活動をしていて、英国内ではかなりの有名人(ナショナル・ポートレート・ギャラリーに肖像写真が飾られているほどです)だそうですし、既に彼女の少女時代の経験をベースにしたシットコム「Raised by Wolves」が2013年から2016年にかけてチャンネル4で放映されていますので、英国内では彼女に対する関心で観られている映画だと思います。

だからといって、日本人が観るとつまらないということはなく、この物語の背景となっている90年代はじめの英国文化や風俗、ブリットポップなどに興味をお持ちの方はかなり楽しめると思います。監督を務めたコーキー・ギェドロイツ(Coky Giedroyc)はこれまでTVで活躍してきた人だそうで、本作も映画というよりTVドラマのような感じですが、主人公ジョアンナ・モリガンを演じた「レディ・バード」「ブックスマート」のビーニー・フェルドスタイン(Beanie Feldstein)が強い個性で映画を引っ張っていきます。まさに彼女の映画と言えるでしょう。

映画の舞台はイングランド中部の街ウルヴァーハンプトン(Wolverhampton)。バーミンガムから車で30分ほどの場所にある衛星都市です。そのパッとしない街のパッとしない公営住宅(council estate)で育った16歳のジョアンナは、郊外にありがちな停滞した雰囲気にうんざりしていて、いつかこの生活から抜け出してやると考えています。

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彼女の家族は、ロックスター志望の父パット、想定外の双子が生まれて育児に憔悴しきった母アンジー、兄弟のクリッシーとルパン、そして乳児の双子です。パットは定職に就いていないようで、一家の収入源はパットの障害者年金と違法飼育しているボーダー・コリーの売上ですが、ジョアンナの詩がTVのコンクールで選ばれた際、うっかりボーダー・コリーの飼育をバラしてしまい、パットは受給資格を失ってしまいます。

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英国らしいのは、受給資格停止と同時に家族の唯一の楽しみだったTVを召し上げられてしまうこと。おそらく障害者年金の受給者には受信料の免除制度があるのでしょう。資格を失ったことでこれまでの免除分が不払い扱いになり、それを支払うまでは視聴させないという仕打ちだと思います。いかにもBBC的ですね。

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家族を困窮させてしまったジョアンナは自分が稼ぐしかないと心に決め、兄クリッシーが教えてくれた、音楽紙D&MEのロック評論家募集に応募します。といってもロックに詳しくなかった彼女が投稿したのは「アニー」のサントラのレビュー。

それにもかかわらずロンドンのオフィスで面接することになるのですが、なんとスタッフは彼女の投稿を冗談なのか本気なのか賭けをしていただけで、その場で記念のTシャツを渡されて帰されそうになります。しかし彼女はチャンスが欲しいと頼み込み、地元バーミンガムで行われるマニック・ストリート・プリーチャーズのライブを取材することになります。

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ジョアンナは髪の毛を真っ赤に染め、ドリー・ワイルドというペンネームでコンサート会場に乗り込みます。You Love Usを演奏していましたので設定は1991年頃でしょうか。ロックに魅了された彼女は本腰を入れて評論に取り組み、D&MEに受け入れられます。そしてダブリンのミュージシャン、ジョン・カイトのインタビュー記事を書かせて貰えることに。

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初めて乗った飛行機でダブリンに降り立ったジョアンナ。誰かにインタビューすることも初めてです。その素人っぽさと開けっぴろげの性格がジョン・カイトに気に入られ、ステージに上げてくれた上にオフレコの身の上話まで話してくれるのですが、彼に夢中になった彼女は熱烈な特集記事を書き、それがあまりにも“10代の女の子の初恋”っぽい文章だったことからD&MEに解雇されてしまいます。

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それにもめげず、ジョアンナは新たに辛口評論家として自分を創り上げ、その残酷な毒舌が受けてD&MEに再就職を果たします。人気評論家となった彼女は、原稿料で一家の生活を支えられるようになるのですが、勢いに乗って性的に奔放になり、それを咎める両親に尊大な態度をとるようになって、家族との関係もおかしくなっていきます。

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音楽業界のイベントでArsehole of the Yearを受賞した彼女は、授賞式でジョン・カイトと再会します。そこで募る思いを伝えるのですが、やんわりと拒絶され、傷ついた彼女は彼から聞いたオフレコの身の上話を記事にしてしまいます。つまり、金銭的な成功で自惚れてしまい、周囲の人たちの優しさを踏みにじってしまうという、よくある話です。

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最終的にはさまざまなことがうまく着地するのですが、この映画の良さは、そういったありきたりな物語をテンポの良さと気の利いたディテイルが支えているところ。クスッと笑わせたり、深く頷かせたり、うまくバランスを取りながら展開していきます。

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その一例がジョアンナの部屋にあるGOD WALL(神の壁)。エリザベス・テイラーやブロンテ姉妹、フロイトやカール・マルクスなど彼女が神々と崇める人々の写真がコラージュ的に貼られていて、悩みを打ち明けて気持ちを落ち着かせる、一種の精神安定剤です。これが彼女の心の声を観客に伝えるだけでなく、それぞれの偉人がウィットに富んだ発言で笑わせたり、シルヴィア・プラスにいたっては自殺のアドバイスをしようとしたり、映画にリズム感を与える合いの手のように使われます。

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一見すると単なるピンナップのようですが、制作側も力を入れた部分のようで、エリザベス・テイラーの肖像はリリー・アレン(Lily Allen)、フロイトはマイケル・シーン(Michael Sheen)、マリア・フォン・トラップはジェマ・アータートン(Gemma Arterton)といった具合に有名人が演じています。ちなみにシャーロット・ブロンテの肖像になっているメル・ギェドロイツ(Mel Giedroyc)は監督の妹だそう。ついでにいえばジョン・カイトを演じたアルフィー・アレン(Alfie Allen)はリリー・アレンの弟です。

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自伝的小説ということで、ジョン・カイトが実際は誰なのか気になるところですが、キャトリン・モランのインタビュー記事によると、実在の人物ではなく、モデルもいないとのこと。彼女が90年代にインタビューして気に入ったティーンエイジ・ファンクラブやブー・ラドリーズといったバンドのイメージを組み合わせて創造したそうです。

音楽といえば、TV番組で演奏していたハッピー・マンデーズのように通好みのバンドが取り上げられていたり、終盤ではジョアンナの両親がプリテンダーズのI’ll Stand by Youで踊っていたり、作り手のこだわりというか、音楽の嗜好が見え隠れする映画です。

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出演者にも好みが反映されているようで、ビーニー・フェルドスタインとGOD WALLの面々の他の有名どころでは、父親パット役で「思秋期」監督のパディ・コンシダイン(Paddy Considine)、最後にほんの少しだけ登場するFace magazineの編集者役でエマ・トンプソン(Emma Thompson)が出ています。その直前に廊下を通り過ぎる女性は原作者のカメオ出演だそうです。

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公式サイト
ビルド・ア・ガールHow to Build a Girl

[仕入れ担当]