アルゼンチンの人気俳優リカルド・ダリン(Ricardo Darín)主演のほのぼのとした犯罪ドラマです。銀行強盗にも西部劇にもまったく関係なく、犯罪を成功に導くヒントはオードリー・ヘプバーンの「おしゃれ泥棒(How to Steal a Million)」なのに、なぜこんなセンスのない邦題にしたのかわかりませんが、アルゼンチンの国情を反映させながら、強欲な特権階級に対する庶民の逆転劇を描いていきます。
gilは、stupid, silly, idiot, ass, pratといった意味ですから、原題を直訳すると愚者たちのオデュッセイアといったところでしょうか。「瞳の奥の秘密」の作者エドゥアルド・サチェリ(Eduardo Sacheri)が2016年に発表した小説「La noche de la Usina(≒発電所の夜)」が原作で、タイトル通り発電所(変電所)がポイントになるお話です。

「瞳の奥の秘密」は1974年の出来事を下地にしていましたが、本作の端緒は2001年12月3日。アルゼンチン政府が行ったコラリート(corralito)=預金の引出制限により、この日から週に250ペソしか下ろせなくなりました。映画で描かれているように、多くの市民は資産を米ドルで持っていましたが、主人公は銀行から融資を得るため、コラリート前日に貸金庫の米ドル現金をペソに変えて預金してしまったのです。
それだけなら運が悪かったというだけの話です。というより、アルゼンチンに長く住んでいるのに、政府や銀行を100%信用した時点で愚か者のそしりは免れません。実際、映画の中でも関係者に罵られています。

しかしこれには裏があって、事前にコラリートの情報を得ていた銀行が、弁護士マンシーが求める米ドル現金を得るため、主人公を言いくるめて預金させていたのです。つまり特権階級に便宜を図ろうと、無知で無力な庶民をだましたわけで、それを知った人々が仕返しに打って出るというのがこの映画です。

その主人公というのが、ブエノスアイレス近郊のアルシーナ村(Villa Alsina)で暮らす元サッカー選手のフェルミン。その妻リディア、友人のタイヤ修理屋アントニオの3人は、10年以上前から廃墟になっているサイロを買い取り、農業協同組合”La Metodica”を再建しようと計画しています。その資金を村人たちの出資で賄おうと説得にまわった末、元スター選手という信用のおかげで158,653ドルをかき集めることに成功します。

サイロの持ち主の遺族は30万ドル程度で売却したいとのこと。これまた元スター選手の威光でリディアが値下げを勝ち取りますが、それでも10万ドルほど足りません。その分の融資を受けようと隣町ビジャグラン(Villagrán)の銀行支店長アルバラドに掛け合った結果、上に記したような話に繋がるわけです。
コラリートの報道をみたフェルミンとリディアはビジャグランまで出かけますが、もちろん米ドルを返して貰うことはできません。さらに運の悪いことに、帰り道の自動車事故でフェルミンは大けがを負い、リディアは亡くなってしまいます。

その1年後、ブエノスアイレス大学に通っていた息子のロドリゴも今やガソリンスタンドの手伝いです。そこへふいに訪ねてきたアントニオと駅長のロロが驚きの情報をもたらします。マンシーは別荘用の設備を入れるという名目で、牧草地の真ん中に穴を掘らせて地下室を作らせていたのです。そこに米ドル現金を隠しているのだろうというのが彼らの見立てです。

出資者たちが再度集まり、米ドルを奪い返そうと画策します。もちろん警報設備もありますので簡単ではありません。ロドリゴは植栽業者のふりをしてマンシーの事務所に出入りし、情報を探ります。他の出資者たちもそれぞれの技術や知恵を持ち寄って計画を練り上げていきます。このメンバーの個性の多彩さが映画を面白くすると同時に、南米的なノリを楽しませてくれる大切な要素になります。

アントニオは無政府主義者でバクーニンに心酔しています。ブルドーザーの場面でQué Bakunin(なんてバクーニン的なんだ)と感嘆しますが、それは公共の資産を勝手に使うことに対する称賛です。廃線の駅長ロロは自動車修理工で生計をたてているペロン主義者(Peronista)。その他、運送会社を営むやり手の女性実業家カルメンと自立できない息子のエルナン、何度も事業に失敗しているゴメス兄弟、ダイナマイトで漁をするアタナシオなどクセの強い人たちが波乱を巻き起こします。

出演者でリカルド・ダリン以外の有名どころといえば、ロドリゴを演じた実の息子である「永遠に僕のもの」のチノ・ダリン(Chino Darín)、駅長ロロを演じた「ル・コルビュジエの家」「家族のように」のダニエル・アラオス(Daniel Aráoz)の二人でしょうか。その他、カルメン役で「人生スイッチ」のLas Ratas:鼠たちの章で調理人を演じていたリタ・コルテセ(Rita Cortese)、マンシー役で「コレラの時代の愛」の船長役アンドレス・パラ(Andrés Parra)が出ています。

監督は長年TVで活躍してきたというセバスティアン・ボレンステイン(Sebastián Borensztein)で、リカルド・ダリンの映画はこれが3作目だそうです。
特に風刺をきかせた映画ではありませんが、個人的に刺さったのは“悪いやつは自分が悪いなんて微塵も思っていない”というセリフ。最近なんだかその手の話が多いですよね。なぜ非難されているのかまったく理解できてない人。そういう人は、この映画のようにすべてを取り上げて懲らしめないといけないのかも知れません。
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