オランダ人監督ウケ・ホーヘンダイク(Oeke Hoogendijk)が「ようこそ、アムステルダム国立美術館へ」「みんなのアムステルダム国立美術館へ」に続いて撮ったドキュメンタリー作品で、レンブラント作品に魅せられたアートディーラー、美術館員や研究者、貴族や成金など美術品取引の場でうごめく人たちを追います。
作品を売りたい人、買いたい人、抱え込みたい人といった具合に立場の異なる人たちが登場し、美術品に対する考え方を暮らしぶりを交えて紹介していくのですが、彼らの個性もさることながら、真偽判定などの場面で示される作品の解説がとても興味深く、この映画を観るとレンブラント作品を見に行きたくなります。
作品のもつリアリティや力強さが生々しく伝わってきますので、登場人物たちのレンブラントに対する情熱が何となく理解できるだけでなく、彼らと同じようにどんどん魅了されのめり込んでいってしまうでしょう。

主役的な立場で登場するのがポスターになっている美術商のヤン・シックス(Jan Six)11世。オランダの貴族で実家にはレンブラントのパトロンだった初代ヤン・シックスの肖像画(下の写真はその肖像画と彼の父である10世)の他、何点ものレンブラント作品があり、子どもの頃からレンブラント作品に親しんできた人です。彼は現在までに2点のレンブラント作品を発掘しており、高い鑑識眼を持つことで知られています。というより、そういう存在になりたいと願っているといった方が正確でしょう。

やはり貴族の家柄というと、単にその家に生まれただけで本人には何の能力もないと思われるようで、彼としてはレンブラントについて隅々まで知り尽くしている専門家としての立ち位置にこだわります。ギャラリーを営みながら、知られざる作品の発掘に情熱を傾けており、映画ではオークションに出品された無名の絵画をレンブラント作品と見抜いてわずか17万ユーロで購入した快挙が描かれるのですが、それが後々トラブルに発展していってしまいます。

反対にレンブラント作品の売買にはまったく興味のない人も登場します。それが映画の冒頭で屋敷が映し出されるスコットランドのバックルー侯爵(Duke of Buccleuch)。祖先は英国人から領地を奪ったがその後は誠実に暮らしているという言い訳に、ヤン・シックスと相通じる貴族の微妙な心情が滲みます。

この英国最大の地主の所有する敷地は80,000エーカーという広大さで、字幕では320k㎡と訳されていましたが、東京23区が627.6k㎡ですからその半分強です。そこに立つドラムランリグ城(Drumlanrig Castle)には多くの絵画が飾られており、映画ではレンブラント作品である”老女の読書(An Old Woman Reading)”を移動する場面が取り上げられます。

以前、強盗が入った際、バックルー侯爵の父親が盗難を恐れて高い場所に移してしまい、親密な気持ちで見られなくなっていたとのこと。移動する前はダ=ヴィンチと並べて飾られていたそうで、いろいろ所有していることをさりげなく自慢します。アムステルダム国立美術館の館長が移動場所のアドバイスをするために立ち会うのですが、侯爵が自らレンジローバーを運転して迎えに行くあたりに現代社会を生きる貴族のふるまいが見て取れます。そういえばヤン・シックスも自転車で画廊に出勤するシーンを撮らせていましたね。

バックルー侯爵はレンブラント作品を掛け替えて、より身近に楽しみたい、つまり手放したくないという立場ですが、所有する作品2点、”マールテンとオープイェ(Pendant portraits of Maerten Soolmans and Oopjen Coppit)”を売りたいとルーブル美術館とアムステルダム国立美術館に持ちかけたのが男爵エリック・ド・ロスチャイルド(Éric de Rothschild)。兄弟の納税のためだと言っていましたが、言い値が1億6000万ユーロとは驚きます。円安に振れている今のレートだと200億円を超えますね。

シャンゼリゼ通りにほど近い場所にあるという彼の邸宅には美術品が所狭しと置かれていて、ピエール・トレトン監督の映画「イヴ・サンローラン」でみたオークション前のベルジェの部屋みたいでした。ドンキなみの圧縮陳列で、どうやって作品を楽しむのだろうと不思議に思いますが、所有することに意味があるのでしょうね。

本作ではこの2点の絵画の購入資金調達を巡ってわき起こる両美術館のせめぎ合いが一つの軸になります。もう一つの軸は上に記したヤン・シックスの功名心に絡むトラブルで、どちらも深入りを避け、白黒はっきりさせない程よいさじ加減で描かれています。

もう一人、これら貴族とは毛色の違う作品所有者が登場するのですが、それが米国の億万長者トマス・カプラン(Thomas S. Kaplan)。レンブラント作品の世界最大規模の個人コレクターだそうで、映画で取り上げられているルーブルの展覧会(Masterpieces of The Leiden Collection: The Age of Rembrandt)では、ヤン・シックスとは違った切り口で自己顕示欲を満たします。

カプラン氏は鉱物資源への投資で有名な人物だそうで、オックスフォードで歴史学の博士号を取得した後、映画にも登場する妻ダフナ・レカナーティ(Dafna Recanati)の母親の紹介でイスラエルの投資家の元で働いたことをきかっけに投資家への道に進んだというユダヤ系らしいバックグランドを持ちます。ちなみに妻との出会いは彼女が留学していたスイスの寄宿学校ル・ロゼ(Institut Le Rosey)、彼女の母親はアーティストのミラ・レカナーティ(Mira Recanati)で父親はイスラエル割引銀行創業者の孫レオン・レカナーティ(Leon Recanati)というキンピカの一族です。

ということで金持ちの生態観察という点でも興味深いこの映画、レンブラント作品に対する造詣を深めるという高尚な見方だけでなく、下世話な楽しみも与えてくれるお得な作品です。
公式サイト
レンブラントは誰の手に(My Rembrandt)
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