地味な作品ながら、心に染みいる名作です。激動の中国現代史を背景に約30年にわたる二組の夫婦の交流を描いていく本作、イタリア映画「輝ける青春」と似た深い充足感と静かな余韻を残してくれます。
主役の夫婦を演じたワン・ジンチュン(王景春)とヨン・メイ(咏梅)が昨年のベルリンで最優秀男優賞と最優秀女優賞を受賞。また中国の金鶏奨では最優秀男優賞、最優秀女優賞と併せて監督のワン・シャオシュアイ(王小帅)が脚本賞を受賞しています。
原題は、日本で「蛍の光」として知られるスコットランド民謡「Auld Lang Syne」の中国語版「友谊地久天长」からとられたもので、歌詞はロバート・バーンズの原詩と同じく永遠の友情を歌ったものだそうです。ちなみに英題は「So Long, My Son」というのですが、邦題と原題は映画全体が描いているもの、英題は主役が辿り着く境地にフォーカスしているのだと思います。

映画の軸になるのは、ワン・ジンチュン演じるリウ・ヤオジュンとヨン・メイ演じるワン・リーユンの夫婦、シュー・チョン(徐程)演じるシェン・インミンとアイ・リーヤー(艾莉娅)演じるリー・ハイイエンの夫婦に、シェン・インミンの妹、チー・シー(齐溪)演じるシェン・モーリーを加えた五人。そこに彼らの同僚、ジャッキー・チャオ(赵燕国彰)演じるシンジャンと、リー・ジンジン(李菁菁)演じるメイユーが脇役としてそのときどきの時代の趨勢を伝えます。

映画は特に説明がないまま、時代を行き来しながら二組の夫婦と周りの人々の暮らしを描いていきますので、最初の30分ほどは話が見えないかも知れません。しかしよく練られた脚本のおかげで、出来事の背景が明かされ、彼らの生き方がわかる毎に引き込まれていきます。3時間を超える長編にもかかわらず、最後までどっぷり映画の世界に浸らせてくれる作品です。

物語を時系列でいうと、最初の舞台となるのは1980年頃の地方都市。同じ国営工場で働く両夫婦が同じ日に子どもを得ます。共に喜び合い、互いを義理の親と呼び合って、ヤオジュンとリーユンの息子シンシン(リウ・シン)と、インミンとハイイエンの息子ハオハオ(シェン・ハオ)は兄弟のように育てられます。

数年後、リーユンが妊娠していることがわかります。当時は一人っ子政策が推進されており、二人目の子どもを持つことはほぼ不可能。ヤオジュンは田舎の実家に隠れようと言いますが、現実的なリーユンは、仕事を辞めたら食べていけないし、都市部より田舎の方が監視の目が厳しいと反対します。

悪いことに、ハイイエンが計画生育の指導員のポジションに就いていて、彼女にバレたことで堕胎させられ、その際のトラブルでリーユンは子どもを産めない体になってしまいます。その後、ハイイエンの配慮があったのか、夫婦が計画生育で表彰されるところが皮肉です。この表彰は本筋とあまり関係なさそうに見えますが、大勢のエキストラを動員していることからわかるように、時代の転換点、つまり登場人物たちの生活と価値感が大きく変わっていくことを示す重要な場面です。

ある日、シンシンとハオハオがため池で遊んでいて、シンシンが事故死してしまいます。ここが映画の冒頭シーンで、事情がわからないうちに進んでしまうのですが、上記のように二人目の子どもをハイイエンのせいで失い、続いて一人目の子どもシンシンをハオハオのせいで失ったこと、リーユンはもう子どもを産めないことがわかってきて、次第に彼らの苦難に満ちた人生に感情移入できるようになっていきます。

時代が変わって、あの地方都市を離れたヤオジュンとリーユンは小さな漁村で暮らしています。彼らは養子に迎えた少年をシンシンと呼んで大切にしていますが、やはり難しいものがあるのでしょう。少年は不良仲間と付き合い、学校ではいじめられた腹いせに相手のものを盗んで問題になっています。そして、それを咎めたヤオジュンと衝突し、少年は家出してしまいます。つまり夫婦は三人目の子どもまで失ってしまうのです。

一方、リーヤーとハイイエンの夫婦は、国営工場に見切りを付けて独立したリーヤーの才覚で裕福になり、ハオハオも立派に育って医者になっています。その昔、ヤオジュンが仕事を教えていたモーリーも北京で仕事に就いていて、そんな彼女が外国に渡る前、漁村のヤオジュンに連絡してきたのが映画で描かれる最後の時代となる2010年頃。彼女をきっかけに、ヤオジュンとリーユンは再びあの地方都市と接点を持ち、大団円に向けてさまざまな断片がかみ合っていくことになります。

この映画の最大の見どころは、何といってもワン・ジンチュンとヨン・メイの卓越した演技力でしょう。特にヨン・メイの佇まい、雰囲気だけで感情を伝える力に圧倒されます。侯孝賢監督「黒衣の刺客」でヒロインの母親役を演じていたそうで、その時の演技はまったく覚えていませんが、本作では彼女以外には演じ得ないほどのはまり役だったと思います。どの時代の場面でも、変わらず作り続けていた饅頭が印象的でした。

そして監督の技量。歴史を俯瞰して総括する大局的な視点と、その歴史の濁流に飲み込まれながら、ひたむきに生きていく夫婦に対する温かな視線の組み合わせはベテランならではの味でしょう。どことなくエドワード・ヤンを思わせる映像も印象深く、ベルリンで銀熊賞を獲った「北京の自転車(十七岁的单车)」や、カンヌで審査員賞を獲った「青红」も観てみたいと思いました。
また、中国現代史の暗部である一人っ子政策や経済改革のための集団解雇を否定的に描き、文革にも言及しつつ、天安門事件には触れないなど、政権批判にならないように仕上げた絶妙なバランス感覚も見事です。そのおかげで、中国内で出資を得ながら中国のリアルを国外に見せられたのだと思います。撮影監督に「冬の小鳥」を撮った韓国人のキム・ヒョンソク、編集に「ブンミおじさんの森」を手がけたタイ人のリー・チャータメーティクンを迎える等、アジアの才能を結集させている点も注目に値するでしょう。

なお医者になったシェン・ハオを演じたドゥー・ジャン(杜江)はTV等で活躍している若手俳優、養子のリウ・シンを演じたワン・ユエン(王源:Roy Wang)はアイドルグループTFBOYSのメンバーであり、ユニセフの活動にも参画している人気歌手だそうです。
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