「長江哀歌」のジャ・ジャンクー(贾樟柯)監督が、2013年の「罪の手ざわり」、2015年の「山河ノスタルジア」に続いて撮った新作です。主演は同監督作品の常連女優であり、妻でもあるチャオ・タオ(赵涛)で、「山河ノスタルジア」と同じく、一人の女性を3つの時代にわたって演じ分けます。前作での彼女の役名はタオでしたが、本作ではチャオ、また劇中で象徴的に使われる楽曲も、前作のヴィレッジ・ピープル“Go West”から本作では“Y.M.C.A.”に、サリー・イップの“珍重”から“淺醉一生”になっていて、緩やかな繋がりを感じさせます。
今回のチャオ・タオの役どころはヤクザ者ビンの恋人。ビンに想いを寄せながら、時代の変化に振り回され、ビンの心変わりに翻弄され、さすらい続ける17年間を演じます。裏社会で生きることを選んだ男女が、中国の社会変革の波にもまれながら、再会とすれ違いを繰り返していく物語です。

始まりは2001年の大同(ダートン)。前作の舞台であり、監督の故郷である汾陽から400キロほど北にある山西省第二の大都市です。2001年というのは中国のWTO加盟や北京オリンピック開催が決まり、閉鎖的だったこの国がグローバル経済に足を踏み込んだ年。これを節目に価値観の大転換が起こることになります。

チャオの父親は炭鉱で働く坑夫ですが、石炭の時代から石油の時代に変わり、仕事を失いつつあるようです。新疆(シンジャン)ウイグル自治区に移って油田で働くしかないのかと嘆く父親を片目で見ながら、地上げ屋の手伝いをしたり雀荘を仕切っているビンと享楽的な人生を送ろうとしているチャオ。任侠を大切にする古いタイプの極道であるビンは、上の世代から信頼され、仲間内からも一目置かれていますが、最近になって台頭してきた半グレとは折り合いが悪いようです。
新勢力との権力争いでビンの親分格だった地上げ屋が刺殺され、ビン自身も路上で襲われます。そんな不穏な空気の中、ビンの車がバイクに乗った半グレたちに囲まれてしまいます。車から降りてシメシをつけようとするビン。しかし多勢に無勢で次第に形勢が悪くなり、半グレたちに抱え込まれて何度も車のボンネットに頭を打ち付けられてしまいます。そのとき彼らが“冠をつけてやる”と言っていますので、ビンが乗っていた車は丰田皇冠(トヨタクラウン)なのでしょう。この時代、フードクレストマークが着いた車は富と権力の象徴でした。

このままではビンが殺されてしまうと思ったチャオは、後部座席から車外に出ると、おもむろにバッグから拳銃を取り出して天空を撃ちます。

所詮、半グレですから、それだけでビビって退散してしまうのですが、拳銃の不法所持は重い罪になります。警察はビンの持ち物だと察していましたが、かたくなにチャオが否定し、ビンの罪を被るカタチで5年間服役することになります。

2006年に出所したチャオは、大同を後にしたビンが向かった先、三峡ダム完成間近の古都・奉節(フォンジェ)を訪ねます。しかしビンとは連絡がとれず、彼が新しい恋人と暮らしていることがわかります。

自ら犠牲になってビンを守った結果、この仕打ちですから、彼女の憤りや悲しみは想像に難くありませんが、それでも強靱な精神で行き抜いていくチャオ。ひとり列車に乗り、新疆へ向かいます。

そして10年あまりの歳月を経た2017年の大同。チャオは雀荘の元締めとしての地位を確立しているようです。そこに、ふいに帰ってくるビン。さまざまな出来事の帰結として故郷しかなかったということなのでしょう。駅まで迎えに出向くチャオの想いは変わりませんが、それぞれが置かれた立場は2001年当時とは大きく変わっています。時代と共に移ろっていくものと、永遠に変わらないものが鮮やかに描写されます。

これまでのジャ・ジャンクー作品と同じ味わいの映画ですが、ずっと彼の作品を観てきた人は、今回も中国の変化を感じることでしょう。モバイルフォンの機種で時代がわかる仕掛けもそうですが、注目すべきは映画の終盤で映し出される監視カメラ。「罪の手ざわり」ではフォックスコンの問題を取り上げていたこの監督。人の情という昔ながらのテーマを軸にしながら、これから間違いなく拡大していく社会問題をさりげなく織り込むところも見どころのひとつです。

報道によると中国では現在1億7000万台のCCTVが設置されており、2020年には6億2600万台以上に増やす計画とのこと。2017年のBBCの報告では、顔認証システムがどのくらいの時間で記者を検出するか実験したところ、市街地から離れたところに移動し車を降りてたった7分で発見されたそうです。薄ら寒くなるような話ですね。中国には存在しないことになっている裏社会とその世代交代を含め、ナマの中国に触れるために目を離せない監督だと思います。

公式サイト
帰れない二人(Ash Is Purest White)
[仕入れ担当]