映画「罪の手ざわり(天注定)」

0 「長江哀歌」で知られるジャ・ジャンクー(賈樟柯:JIA Zhang-ke)監督の7年ぶりの長編作品です。去年のカンヌ映画祭で脚本賞(パルムドールは「アデル」、グランプリは「ルーウィン・デイヴィス」)を受賞したこと以外、あまり話題になっていないような気がしていたのですが、映画館はこのような地味な中国映画とは思えないほどの混みようでした。

実際に起こった事件から着想を得た4つの物語が、少しずつ重なるように展開していく映画です。描かれているのは、最後の1話を除き、殺人を犯す人たち。4話すべて、急成長の裏側で拡がる政治腐敗や経済格差が直接・間接の原因となる事件が取りあげられています。

中国語の原題は“天の定め”といった意味でしょうか。原罪を絡めた英題は掴みの良いタイトルだと思いますし、その直訳である邦題も集客効果がありそうですが、監督がこの原題にした理由、伝えたかったことが、日本人なら理解できるような気がします。

まず第1話は「胡文海事件」をベースにした山西省の男の物語。政治的腐敗を暴こうとする義侠心と、経済的に成功した同級生に対する妬みが、ない交ぜになっていくお話です。この映画、全編を通して随所に京劇の舞台が織り込まれているのですが、第1話では水滸伝の一節に背中を押されるように憤怒を高まらせ、事件を引き起こしてしまいます。

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第2話は重慶の男。妻を田舎に置いたまま都市で犯罪を繰り返す男の物語です。この題材となった「周克華事件」は、犯人が路上で射殺されるという衝撃的な結末を迎えたようで、当局による見せしめなのか、ニュースサイトに非常に残酷な画像が並んでいて驚きます。

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第3話の湖北省の女の下敷きになった「邓玉娇事件」は、ホテル併設のサウナで働く21歳のネイリストが、地元の役人から“特別サービス”を強要されたスキャンダラスな事件です。その際、ネイリストの頬を4000元(約65000円)の札束で叩いたということで、あまりにもベタな振る舞いに笑いそうになりますが、映画と同様の惨劇に至ったとのこと。

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ちなみにこの女性の役、シャオユー(小玉)を演じているのは、監督の妻でもあるチャオ・タオ(趙涛:Zhao Tao)で、彼女の年齢(1977年生まれ)を考慮してか、地方と都会で二重生活を送る男との不倫を絡めた物語にアレンジされています。

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そして最後は広東省の男。ベースになった「深圳富士康員工墜樓事件」というのは、台湾のフォックスコン(鴻海科技集團:Foxconn Technology Group)がiPod nanoを製造していた深圳龍華工場で起きた労働問題に起因する事件です。

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映画では、主人公の青年が東莞(トングァン)のナイトクラブで働く女性と出会ったことで、さらに孤独感を深めていくのですが、同時に、その女性の風俗で働くしか選択肢のない諦観した心を描くことで、近代化がもたらす閉塞感を巧みに表現しています。

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寒村の抜けるような空気感と、都会の猥雑さのコントラストが印象に残る作品です。私が最後に中国へ行ったのは4〜5年前、広州に行ったのは10年近く前になりますが、映画を観ているうちに街のにおいが蘇ってくるような、そんな感覚に陥る映画でした。

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公式サイト
罪の手ざわり(A Touch of Sin:facebook TW / UK

[仕入れ担当]