パッドマンです、バットマンでもスーパーマンでもありません。というセリフが劇中に出てきますが、サニタリーパッド(生理用ナプキン)をインドで普及させようと奮闘した男性を描いた映画。先月観た「ガンジスに還る」とは異なり、インド映画らしい明るく元気な作品です。
昨年パルム・ドールを受賞した「わたしは、ダニエル・ブレイク」をご紹介したとき触れたように、貧困で生理用品を入手できないことが女性の学業や就業の阻げになっているということは、最近とみに語られるようになった社会問題の一つだと思います。英国の地方都市ニューカッスルを舞台にした「わたしは、ダニエル・ブレイク」では、わずかな所持金を生理用品に使ってしまうのが惜しくて万引きしていましたが、本作の舞台となった2001年当時のインドでは、価格が高すぎて一般女性には買えないという状況だったようです。
そもそもの始まりは、妻が汚れた布を使っていることに気付き、衛生的に問題があると感じたアルナーチャラム・ムルガナンダム氏が妻のために生理用品を買おうとしたこと。彼が暮らしていたタミルナードゥ州コインバトール県(Coimbatore)にある小さな村では、生理用品があたかも禁制品のようにひっそりと売られていたそうです。
中学を中退してから町工場で働いていた彼は、その価格(映画では5枚で55ルピーだったと思います)に驚き、ナプキンを分解して自作を試みます。最初は妻に実験台になってもらうのですが、うまく機能しなくて断られるようになります。続いて他の家族に頼んだり、医学校の女子学生に頼んだりしたようですが、そのうち、自分自身で装着し、サッカーボールの空気袋に入れたヤギの血で実験を進めます。
そんな彼に家族が愛想を尽かして出て行ってしまうわけですが、それにもめげずに孤軍奮闘し、最終的に小さな自作機械でナプキンを製造できるようになります。
彼の偉いところは、その特許などで金儲けしようと思わなかったこと。貧困層の女性たちが機械を入手できるようにして、彼女たちが生理用品を製造して販売することで自立できるようにしたのです。
それで注目が集まり、アミット・ビルマニ(Amit Virmani)監督がドキュメンタリー映画を撮ったり、元女優のトゥウィンクル・カナ(Twinkle Khanna)が“The Legend of Lakshmi Prasad”という短編集の一編“The Sanitary Man of Sacred Land”の題材にしたりします。
そのトゥウィンクル・カナがプロデューサーを務め、彼女の夫であるインド映画の大スター、アクシャイ・クマール(Akshay Kumar)が主役を演じたのがこの作品。アクシャイ・クマールがどのくらいの大スターかといえば、フォーブス誌の2018年「世界で最も稼ぐ男優」ランキングで、6位のウィル・スミスに次ぐ第7位につけています。8位がアダム・サンドラーですから、ボリウッドスターの凄さがよくわかりますね。ちなみに、この映画に自分自身の役で出ているアミターブ・バッチャン(Amitabh Bachchan)も数年前に同ランキングのベスト10に入っていた人気俳優です。
R・バールキ(R. Balki)監督が手がけた本作は、要所要所で実話を取り入れながら大幅に創作を加え、とても娯楽性の高い作品に仕上げられています。ラブロマンス的な要素やコメディ的な要素もありますし、インド映画お約束のダンスシーンも出てきます。インドの一般大衆向けには、有名スターが笑いと感動のあるわかりやすいストーリーを演じることが大切なのでしょう。おかげで日本人にとっても、エンターテインメントとして十分に楽しめる上に、異文化の発見があるお得な作品になっています。
映画の物語では、伝統の中で暮らす妻(実際はシャンティですが映画ではガヤトリ)と彼のビシネスをサポートするパリーというインテリ女性の対比が一つの切り口になっている他、生理中は家族と食事することも家の中で寝ることも許されないという当地の風習や、貧困とドメスティックバイオレンス、教育機会、閉鎖的な社会での抑圧といったさまざまな女性問題が上手に取り込まれています。またパリーを男手ひとつで育てた父親がシーク教徒の学者というあたりも、ある種のリアリティがあって面白いと思いました。
全体的に盛り上げ方のうまい作品ですが、特に感動的なのは、映画ではラクシュミという役名になっている主人公が国連本部で演説するシーン。わざわざNYに行ってロケをした甲斐があるというものです。都会的な背景にそぐわないインドなまりの英語が内容にぴったりで、聞いているうちにグッときてしまいます。
この場面は映画の創作のようですが、今年の国際女性デーに国連本部で行われた式典では、アルナーチャラム・ムルガナンダム氏がビデオメッセージを寄せていました(こちらの動画の1h54m30sあたりから)。また、2012年5月のTED Talkでも本人のスピーチ(こちら)が聞けます。インドなまりが強くて聞き取りにくい英語ですが、日本語字幕も表示できますので興味のある方はご覧になってみてください。
公式サイト
パッドマン 5億人の女性を救った男(Padman)
[仕入れ担当]