昨年のカンヌ映画祭でグランプリに輝いた作品です(パルムドールは「スクエア」)。監督・脚本のロバン・カンピヨ(Robin Campillo)は日本ではほとんど無名といっていいでしょう。ずっとローラン・カンテ監督の作品で脚本を担当してきた人だそうで、10年前に共同脚本で参加した「パリ20区、僕たちのクラス」はパルムドールを獲得しています。テーマは違いますが、本作も作り手の立ち位置はマイノリティ側です。
映画の舞台は1990年代初めのパリ。AIDSの脅威に立ち向かうため、同性愛者を中心に結成されたAct Up-Parisの活動を背景に、そのメンバーである男性同士の恋愛を描いていきます。「アデル、ブルーは熱い色」を思わせるような濃厚な性描写を含め、お互いの一途な気持ちが切ない愛の物語です。
幕開けはAFLS(Agence française de lutte contre le sida)の講演会が行われている会場に乱入するシーン。本来は壇上から自分たちの主張を訴える段取りだったのですが、状況を理解できなかったメンバーが抗議用の赤い液体を投げつけてしまったことから、大騒ぎになってしまいます。ちなみにsidaというのはAIDSを指すフランス語で、映画のセリフにも頻繁に出てきます。
続いてAct Upの定例会議。過激さを求める人たちと穏健な対話を続けようとする人たちが熱く議論します。壇上にいるのはグループのファシリテーター役であるチボーとソフィ。後方の席にいるのが本作の主人公の一人、ショーンで、自らがHIV陽性であることもあり、生ぬるい活動では現状を変えられないと主張する側です。そしてもう一人の主人公であるナタンはHIV陰性ながら、学生時代を過ごした南仏での経験から問題意識を持ち、Act Upの活動に加わりました。この2人が次第に惹かれ合い、繋がりを深めていきます。
彼らの活動のベースにあるのは、AIDS患者の多くが同性愛者や薬物中毒者だったことから、AIDSは犯罪者や不信心者に対する天罰だと差別する層への警戒心です。何しろフランスは1982年まで同性の性行為が刑法で禁じられていた国。そういった世論の高まりは、AIDSの予防や治療の妨げになりかねません。
ショーンたちはAZTの副作用に苦しみ、新薬であるプロテアーゼ阻害薬に希望を見出しますが、認可手続きが遅々として進まない状況に苛立ちます。当時、AIDSは原因不明の死に至る病だったわけで、可能性があるなら今すぐ試したいというのも当然でしょう。
この5年ほど前、米国で入手できなかったAZTを独自に輸入し始めたロン・ウッドルーフを描いたのが「ダラス・バイヤーズクラブ」でしたが、Act Up-Parisのメンバーたちは運動を通じて市民を啓蒙し、政府や製薬会社に圧力をかけていきます。
この映画の良いところは、死に対する恐怖より、生きる喜びにフォーカスしているところ。やや速めの心拍数と音楽のリズムを絡めたタイトルのとおり、クラブで踊りまくる映像が繰り返し挟み込まれ、アップテンポの曲が流れます。そしてショーンとナタンが熱く燃え上がり、生きることへの執着が画面を塗りつくしていきます。運動のスローガンである"J’ai envie que tu vive(君に生きて欲しい)"が象徴的です。
そんなアップテンポの挿入歌のひとつがブロンスキービートの"Smalltown Boy"。小さな町で育ったゲイの少年が周囲から理解されず家を出る歌ですね。本作のナタンもそうですし、英国のゲイプライドを扱った映画「パレードへようこそ」のジョーもそうでした。ブロンスキービートは「パレードへようこそ」で描かれるPits and Pervertsコンサートでメインアクトを務めたバンドですが、本作に取りあげられているAct Up-Parisの主要な支援者でもあったそうです。AIDSの蔓延で、少年たちを"run away, turn away"と励ますだけでは十分でなくなり、自ら行動を起こしていったわけです。
映画を観た後、アルノー・レボティーニ(Arnaud Rebotini)が本作用にリミックスした"Smalltown Boy"を聞くと、あの切なさが蘇ってきます。ぜひYoutubeの動画(こちら)をご覧になってみてください。
主な出演者のうち、日本でも知られていそうなのはソフィ役のアデル・エネル(Adèle Haenel)ぐらいですが、ショーン役のナウエル・ペレーズ・ビスカヤート(Nahuel Pérez Biscayart)、ナタン役のアルノー・ヴァロワ(Arnaud Valois)の2人の熱演はもちろん、微妙な立場のチボーを演じたアントワン・ライナルツ(Antoine Reinartz)の演技も良かったと思います。カンヌの審査委員長だったアルモドバル監督も涙したという本作、映画好きなら見ておくべき1本でしょう。
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