邦題のとおり、ドリス・ヴァン・ノッテン(Dries Van Noten)の仕事と暮らしに肉薄したドキュメンタリーです。
本作はこの類い稀なるファッションデザイナーのインスピレーションの源泉であり、これまであまり公開されなかった私生活に踏み込んでいるところがポイント。パリコレのランウェイの舞台裏からアントワープのアトリエや自宅までのぞき見ることができます。
映画の幕開けはグランパレ(Grand Palais)で行われた2015年春夏のショーから。英国の画家、ジョン・エヴァレット・ミレイの“オフィーリア”にインスパイアされた真夏の夜の夢のイメージだそうですが、緑を敷き詰めたランウェイを行き交っていたモデルたちがフィナーレで横たわり、川に浮かんでいるオフィーリアを表現します。
この深い森のイメージこそ、ドリス・ヴァン・ノッテンの暮らしそのもの。彼のアントワープの邸宅にある広大な庭園は四季折々の草花で溢れていて、手折ってきた野花を部屋に飾り、採れた野菜を自ら調理してパートナーと食卓を囲みます。25年以上にわたって第一線で活躍してきたこのファッションデザイナーが仕事一途なことは想像に難くありませんが、私生活でもまったく手抜きをしないことには驚かされます。
パートナーとのバケーションもきっちりしたもので、旅行先での移動時間をGoogle Mapで調べ、建築物や庭園での滞在時間からカフェでの休憩時間まで細かくスケジューリングするそうです。その几帳面な性格が、ドリス・ヴァン・ノッテンのデザインに色濃く反映されていることは言うまでもありません。
アトリエでの仕事は、作品のイメージ通り、膨大なテキスタイルを吟味するところから始まります。フロアいっぱいに並べられたさまざまな生地サンプルに触れ、スタッフと話し合ってコレクションを組み上げていきます。デザイナー曰く、世界中の生地業者がコレクションに協力してくれるので自分は恵まれているとのこと。逆にいえば、ドリス・ヴァン・ノッテンに選ばれる生地を創りたいと願う業者が世界中にいるということでしょう。
精緻な刺繍にも定評あるデザイナーですが、あの刺繍のためにインドのコルコタに駐在員を置いているそうです。おそらく出張ベースの打ち合わせでは細かな要望を反映させきれないのでしょう。映画では、その駐在員が工房を訪れ、刺繍の厚みや重なりについて依頼するシーンが紹介されます。また刺繍職人たちの手作業も映ります。この職人たちの仕事を維持するため、毎年必ず、刺繍を使ったコレクションを発表しているそうです。
2014年にパリ装飾美術館で開催された「ドリス ヴァン ノッテン・インスピレーションズ」に行った際(こちらでご紹介)、刺繍やスパンコールの素晴らしさ、映像で流されていた縫い師の仕事の鮮やかさに見とれた記憶が蘇ってきました。その展覧会ではPOWER FLOWERをテーマにした2014春夏コレクションが展示されていたこともあり、会場全体が花のコラージュ写真で包まれていたのですが、そのインスピレーションの源が自宅の庭にあったということも新たな発見でした。
映画の終盤はメンズのコレクションの舞台裏です。ペール・ラシェーズ墓地にほど近いシュマン・ヴェール通りの屋敷を使った2016年春夏コレクションのため下見に出向き、リハーサルで靴が汚れるだろうから、本番前に念入りに拭いておくようにといった細かな指示を伝えます。
2016年/17年秋冬コレクションは、長年の念願が叶い、オペラ座(ガルニエ宮)ステージ上での発表となりました。ステージの袖に設けられた座席にバイヤーやメディアが座り、ステージ中央をクロス状に照らして設えたランウェイをモデルたちが行き交います。フィナーレでモデルが整列した際、その向こうに広がる誰もいない客席が壮観です。
本作は、ドリス・ヴァン・ノッテン本人と公私にわたるパートナーのパトリック(Patrick Vangheluwe)の日常やブランドスタッフたちとの仕事を記録した映像と、本人へのインタビュー、アイリス・アプフェル(Iris Apfel)やパメラ・ゴルビン(Pamela Golbin)といったファッション関係者の証言で構成されています。
ちなみに本人が過去のコレクション映像を見ながら解説する場面で何度も言及しているスージー・メンケス(Suzy Menkes)というのは英国出身のファッション・ジャーナリストで、現在はVOGUEの編集部(詳細はこちら)にいるようです。
公式サイト
ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男(Dries)
[仕入れ担当]