2013年に公開された「嘆きのピエタ」のブログでは、これを観なければ永遠にキム・ギドクの作品を観ないかも知れないので……と記したのですが、また観てしまいました。
作風が変わったという前評判が高かった本作。激しい暴力シーンは見せず、ほのめかすだけなので、目を覆いたくなるようなことはありません。テーマも朝鮮半島の統一問題と非常に明確。ただ、あまりにもシンプルでわかりやすいので、隠れたテーマがあるのではないかと勘ぐりたくなります。
物語の主人公は南北国境付近で暮らす北朝鮮の漁師チョル。粗末な狭い部屋で、妻と幼い娘の3人家族が暮らしています。冒頭の朝食のシーンを見る限り、決して豊かな暮らしではなさそうですが、妻と仲睦まじいこと、娘を可愛がっていることは伝わってきます。
いつものようにボートで漁に出て、網をたぐっているとスクリューに網が絡まり、エンジンが故障してしまいます。そのまま河口を対岸まで流されて韓国の警察に拘束。
当然、スパイ容疑で調べられることになるのですが、担当する取調官が北朝鮮と北朝鮮出身者に強い偏見を抱いている点がこの映画のポイントのひとつです。
それとは反対に、監視役の警護官は涼しい目をした好青年で、チョルの人権を尊重するように主張しますし、彼らの上司である室長も、法に従うことを是とするまともな人物。とはいえ、北朝鮮の思想には否定的で、チョルを韓国に帰化させようとすることで話が複雑になります。
チョルはといえば、単に家族のもとに帰還したいだけ。洗脳されているわけでも、何らかの思想性があるわけでもありません。韓国の街の風景をみたら、北朝鮮に帰還できなくなると信じて、ずっと目をつぶっているような純情実直な人物です。スパイだと結論づけたい取調官が暴力を振るったりしますが、最終的には警護官の尽力もあって、北朝鮮に戻ることができます。
しかし、帰還したら歓迎もそこそこに拘束され、韓国にいたときと同じような取り調べが始まります。ここで面白いのは、韓国の取調官が強いイデオロギーに駆られて行動するのに対して、北朝鮮の取調官が拝金主義なところ。国の体制とは正反対ですが、そういう部分が逆にリアリティを感じさせます。
ようやく自宅に戻れたときは既に以前のチョルではありません。妻に対しても娘に対しても愛情を注ごうとするのですが、さまざまな経験を経た今となっては、もう元通りには戻れないのです。そして観客に考えさせられる余地を与えるエンディングへと進んで行きます。
南北朝鮮の問題は複雑ですが、チョルが取締官に向かって吐き捨てるように言う、オマエみたいなヤツ(≒憎しみや恨みが原動力になる人)が統一を妨げている、というセリフはきっと監督が伝えたかったことなのだと思いました。
非常にシビアな世界を描いている反面、苦笑いさせられるようなユーモラスな要素もある作品です。不快な映像はありませんので、韓国のリアル、朝鮮半島のリアルを感じてみたい方にはお勧めできるかと思います。
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The NET 網に囚われた男
[仕入れ担当]