映画「ザ・トライブ(Plemya)」

00 昨年、カンヌ映画祭の国際批評家週間で上映され、グランプリや新人賞などを受賞して話題になった作品です。大きな話題になった理由の一つは、この映画のコミュニケーションが全編手話だから。出演者は1人残らず聾者で、まったく会話はなく、字幕もありません。観客は登場人物の動きや表情から物語を読み取っていくことになります。

率直に言って万人にお勧めできる作品ではありません。しかし、かつてない独特の感覚を味わえるという点では価値ある作品だと思います。このブログは、モナドのお客様がお読みになることを想定していますので、暴力や性描写に重点をおく作品は取りあげない場合も多いのですが、映画好きの方なら経験してみても良い感覚だと思ってご紹介することにしました。

監督はウクライナのミロスラヴ・スラボシュピツキー(Myroslav Slaboshpytskiy)。これが長編初監督作品となりますが、前々作の短編「Glukhota(英題:Deafness)」でも聾唖学校の生徒を扱っていて、本作はその延長線上にある作品と言えます。

ちなみに「Glukhota」では聾唖でない警官が登場しますが、車の中でのやりとりを車外から撮影していますので、聞こえてくるのはアイドリングの音だけで、誰の声も聞こえません。筆談でコミュニケーションするあたりが本作との違いでしょうか。

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「Glukhota」は10分ほどの作品が1カットで撮られていますが、本作もその流れを受け継いで、長回しが多用されています。オーディションで選ばれたというキャストのほとんどが初の映画出演といいますから、長回しの撮影は大変だったと思いますが、おかげで画面の緊迫感が途切れることなく続きます。

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物語の軸になるのは、寄宿制の聾唖学校に転入してきた1人の青年。この学校には、犯罪組織のような一派があり、他の生徒を暴力で威圧しながら、売春や強奪を仕切っています。

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当初は、彼らの暴力に屈する青年ですが、売春のポン引き役だった生徒が事故死し、その替わりを務めるようになって次第に力をつけていきます。しかし、売春をしていた女生徒の1人に好意を抱き、彼女を独り占めしようとしたことから、周りと軋轢を生じていくというお話です。

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いってみれば、ありきたりなストーリーですが、これが聾者だけで演じられると、非常に鮮烈なものになります。怒りや悲しみといった生々しい感情も手話でしか表現できないもどかしさが、観ている側の心を揺さぶり、ひと言も語られないのに彼らの内なる声を聞いたような錯覚に陥らせます。

撮影はキエフ郊外で行われ、使われた建物は、戦中、ドイツ人捕虜によって建てられたものだそう。これが映画全体を覆う不穏な空気感をさらに濃密なものにしています。

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主役の青年を演じたグレゴリー・フェセンコ(Grigoriy Fesenko)は、いわゆる街のゴロツキで、本作にキャスティングされるまで演技経験もなかったということですが、ひときわ強い存在感を発揮し、その佇まいが苛立ちや不安を的確に伝えています。

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彼が好意を抱く女生徒を演じたのはヤナ・ノヴィコヴァ(Yana Novikova)。ベラルーシ南東部の小さな集落で生まれ育ち、ウクライナの劇団で聾唖者を募集していたことからキエフに出てきたという女優志望の女性ですが、劇団の選考に落ち、たまたま本作のオーディションを受けたそうです。

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アデル、ブルーは熱い色」のアデル・エグザルコプロスに感銘を受け、覚悟を決めて演じたという彼女。各国の映画祭で注目を集めた今、彼女の演技に感銘を受けて女優を目指す人も出てきそうです。

公式サイト
ザ・トライブ

[仕入れ担当]