「未来を生きる君たちへ」で2010年のアカデミー外国語映画賞を受賞したスザンネ・ビア(Susanne Bier)監督の最新作です。前作でマリオンを演じていたトリーヌ・ディルホム(Trine Dyrholm)が、今作でも主役のイーダを演じます。
前作は、デンマークとアフリカの出来事を重ねつつ、暴力と報復の本質を描こうとする味わい深い作品でしたが、この「愛さえあれば」の舞台は風光明媚な南イタリア。冒頭のデンマークのシーンを除き、そのほとんどをナポリ湾の南側に位置するソレント(Sorrento)とサレルノ(Salerno)で撮影されています。
主人公のイーダは美容師。原題の"Den skaldede frisør"というのはハゲの美容師という意味だそうですが、乳がんの放射線治療の影響で髪を失い、ウィッグを被って生活しています。
イーダが乳がんの予後診断を受けて病院から自宅に帰ると、夫のライフは若い女性と浮気中。言い訳する夫を叩き出しながらも、病気のことで頭が一杯で夫に気をとめなかった自分にも非があるのではないかと落ち込むところがイーダの弱いところです。長男はそんな母親のイーダに同情し、父親のライフを嫌っています。
長女のアスリッドはパトリックという青年と婚約中で、彼らがイタリアで挙式するため、イーダもイタリアに向かいます。ところが空港の駐車場で車をぶつけてしまい、度重なる不運を嘆いていると、その事故の相手というのが偶然にもパトリックの父親であるフィリップ。
イタリア産の柑橘類を扱って成功したフィリップは、今回の結婚パーティの会場も彼が所有する邸宅という裕福な実業家です。それを演じるのが元007のピアース・ブロスナン(Pierce Brosnan)。あの風貌にもかかわらず、妻を失ってから仕事一途の堅物という、あまりにもベタな設定に驚かされながら、舞台は陽光あふれる南イタリアに。
そして、なぜかフィリップはイーダに惹かれていき、その背景に流れるBGMは甘い甘い"That’s Amore"。
話が逸れますが、私は"That’s Amore"を聴くと、香港映画「君さえいれば/金枝玉葉」を思い出してしまいます。その挿入歌に使われている"That’s Amore"の中国語版"愛情的魔力"は、サビのアモーレを置き換えた魔力(mólì)の響きが耳に残る一曲です。
「君さえいれば/金枝玉葉」は、ローズという女性歌手に憧れるアニタ・ユンが、彼女に会いたいばかりに、男のふりをしてローズの恋人のプロデューサーに弟子入りするというお話。男装のアニタ・ユンに惹かれていくプロデューサーが、自分はゲイなのではないかと悩むコメディで、そのプロデューサー役を、私生活でゲイだったレスリー・チャンが演じています。
今回の映画「愛さえあれば」でも、同性愛が一つの要素になっているのですが、なにぶん南イタリアを舞台にしたロマンティックコメディのスタイルをとっていますので、あまり深堀しません。カイガラムシの一生に喩える男女関係もそうですし、乳がんの治療や長男の従軍など社会的関心の高そうな問題が取り上げられているのに、十分に咀嚼されないまま展開してしまいます。
乳がんといえば、アンジェリーナ・ジョリー(Angelina Jolie)の手術は大きなニュースになりましたね。詳しい経緯がPink Lotusのサイトに投稿されていますが(英文)、遺伝子診断でリスクを評価し、予防的に切除してしまうという発想にはとても驚きました。また自分の子供たちには、母親をガンで失うという不幸を味わわせないという強い意思にも感銘を受けました。
その話をかかりつけの内科医(女性)にしたら、彼女としては、「アメリカ的というか、何でも切ってしまうという考えには反対」だそう。確かに、遺伝子に変異があっても100%乳がんになるわけではないし、そのリスクの大きさも統計の取り方によって開きがあるようで、いろいろな考え方があるようですね。
ということで映画「愛さえあれば」に話を戻しますと、社会意識の高い人には若干の不満が残りそうですが、南イタリアの美しい風景の中で繰り広げられるロマンティックコメディとして観るのなら、それはそれでアリなのかな、と思いました。
公式サイト
愛さえあれば(Love Is All You Need)
[仕入れ担当]