映画「太陽と桃の歌(Alcarràs)」

Alcarràs久しぶりに映画のお話を。
6年前に観た「悲しみに、こんにちは」でデビューを飾ったカタルーニャ出身の監督、カルラ・シモン(Carla Simón)の最新作です。第一作目は2017年のベルリン映画祭で新人賞を獲得していますが、続く本作は2022年のベルリン映画祭で最高賞となる金熊賞を受賞しています。どちらも監督の出身地であるカタルーニャで撮られていること、個人的な思い出を反映させた私的な作品であること、荒涼とした風景の飾り気のない美しさを活かしていることなどが共通しています。

前作は両親を亡くして孤児となったバルセロナの少女が、ジローナ在住の叔父夫婦のもとで片田舎の生活に馴染もうと奮闘する物語で、監督の実体験をそのまま題材にした作品でしたが、本作は監督の義母の親族が暮らすというアルカラス(Alcarràs)の桃農家を題材にして、三世代の家族のひと夏の出来事を描いていきます。

バルセロナの北側に位置するジローナに対し、アルカラスはバルセロナから150キロほど西にあるリェイダ(Lleida、スペイン語ではLérida:レリダ)近郊の農村で、同じカタルーニャでもかなり距離があります。今回は作中に登場する6歳の少女イリスに監督の姿が投影されているようですが、監督自身は17歳でバルセロナに戻るまで主にジローナ近郊のラス・プラナスで育ったようですので、現地の描写は伝聞や創作がベースになっているのだと思います。

Alcarras02

物語は、アルカラスで桃農家を営むソレ家が地主から立ち退きを迫られ、家族の中に生じた不協和音を織り交ぜながら農家の生活を描いていくというもの。群像劇ですので誰が主人公かはっきりしませんが、少女イリスの立場で言えば、祖父のロヘリオ、父のキメットと母のドロルス、兄のロジェーと姉のマリオナの一家と、祖父の妹ペピタの他、父の妹ナティとその夫シスコと双子のペレとパウの一家、父の末の妹グロリアとその子どもテイアの一家が主な登場人物です。

Alcarras03

映画の始まりは、イリスと双子が打ち捨てられた廃車で遊んでいると、通りの向こうから重機がやってきて工事を始める場面。静かな農村に機械音が響き、イリスたちはお気に入りの秘密基地を失ってしまいます。実はエンディングに呼応する出だしですが、この時点では3人の子どもたちの関係すらわかりません。

Alcarras01

そして家族で祖父ロヘリオを難詰している場面。地主のピニョールから、ソーラー発電を行いたいので夏の収穫期を終えたら土地を明け渡して欲しいと迫られ、キメットは契約書を盾に抵抗したかったようですが、ロヘリオいわく、内戦中にピニョール家の先代から口約束で農地の使用権を与えられただけで書面は残してないとのこと。このままでは言いなりになるしかないということで家族が苛立っているわけです。

Alcarras05

引退したロヘリオに替わって農業を担っているのはキメットとドロルスの夫婦で、それを息子のロジェーと娘のマリオナ、ナティとシスコの夫婦が手伝っている構図です。ロジェーは農業に生き甲斐を見出しているようですが、父キメットとしては、嬉しい反面、将来のことを考えると学校の勉強を一生懸命やった方が良いと思っているようです。

Alcarras10

なぜならば、桃の卸売価格の低迷で今後も農業を持続できるか、不安視せざるを得ない状況にあるから。そのあたりの事情は、農家の仲間たちが市場やスーパーの店頭でデモをしたり、キメットが季節労働者を求めて街に行った際、集まってきたアフリカ人に“そんなに払えない”と言って追いかえすあたりからも伝わってきます。

Alcarras08

経済的に厳しいとはいえ、家族の仲は良いようで、ナティの家族は常日頃からキメットたちの家に入り浸っていますし、バルセロナに住むグロリアも頻繁に訪ねてきます。一族総出で収穫を手伝い、全員が集まって食事をしている情景はこの界隈の農家の暮らしそのままの姿なのでしょう。とはいえピニョールの要求があってからというもの、家族の結束が危うくなっています。

Alcarras07

ナティとシスコは、ピニョールの提案にのってソーラー発電の管理人になった方が桃農家より楽に稼げるのではないかと考えていますし、ロジェーは稼ぎの足しにしようと樹木の隙間でマリファナを育てています。ロヘリオは昔の仲間に会って代替地を手に入れられないか模索しますが、購入資金の壁が高くそびえます。

Alcarras16

ロヘリオはピニョールを懐柔しようと、その昔、ピニョール家が植えたというイチジクの実を持って彼の家を訪ねますが、それを知ったキメットは激怒。また、ロジェーとマリオナは家族の鬱憤を晴らそうと害獣であるウサギを撃ち、死骸をピニョール家の玄関先に置いてきたりします。

Alcarras06

夏の終わりが近づき、夏祭りの日がやってきます。前作「悲しみに、こんにちは」でもカプグロッソなどを登場させて夏祭りの場面を一つの見せ場にしていましたが、本作でもポロン(Porrón)を使ったワインの早飲み競争などを見せ、昔から続く風習への郷愁を滲ませると同時に古き良き時代の終焉を予感させます。

ドキュメンタリー映画のような雰囲気の作品ですが、それもそのはず、演じている俳優たちはグロリア役を演じた監督の妹ベルタ・ピポ(Berta Pipó)を除いてすべて映画初出演の素人だそうです。監督いわく、最も大変だったのは収穫期である夏の季節に、普段は農業に従事している出演者たちに集まってもらうことだったとのこと。リアリティに溢れ、農村の生活に入り込んでいく感覚になる映画です。

Alcarras09

ソレ家ではさまざまな桃を栽培しているようで、以前このブログでご紹介したパラグアジャ(Paraguaya)という“ひしゃげた桃”も出てきましたし、終盤には黄桃でコンポートを作っている場面も出てきます。カタルーニャの陽光を存分に浴びて育った桃を一度、味わってみたいものですね。

公式サイト
太陽と桃の歌