韓国の新人監督が撮った目立たない映画ですが、とても評判が良いので観に行ってきました。
無理にジャンル分けすればサスペンスということになるでしょうか。韓国映画らしい生々しい映像もあれば、ちょっと笑わせるような設定もあり、また社会の厳しさをみせる場面もあって、苦めの味付けのコメディとも、底辺の悲哀を描いた人間ドラマとも言えそうです。いずれにしても独特な世界観をもつ作品です。
主人公は口のきけない青年テイン。幼い頃から彼の面倒をみてきたという兄貴分チャンボクの仕事を手伝いながら、農村の掘っ立て小屋で幼い妹ムンジュと二人で暮らしています。仕事は二種類あって、表向きの仕事は鶏卵の販売。生産者から買い集めてきた卵を軽トラックに積んで売りさばいているようです。

もう一つの仕事はヤクザのヨンソクの下働きで、彼らが拷問して殺した死体を処分すること。予めビニールシートを敷いて準備しておき、ことが済んだら死体を包んで埋めます。テインはあまり前向きではないようですが、おそらくカネ払いが良いのでしょう。ヨンソクにぺこぺこするチャンボクの後について地道に仕事をこなしています。

ある日、ヨンソクの依頼で生きた人間を預かることになります。チャンボクは、自分たちは死体専門だと断るのですが、結局、強硬に押しつけられてしまいます。そして預かることになったのが11歳の少女チョヒ。大邱で暮らす裕福な家の娘で、身代金目的でヨンソクが誘拐してきたようです。

チャンボクの家には置けないということで、一時的にテインの掘っ立て小屋で預かることになります。しかしヨンソクに何か不始末があったのでしょう。彼は組織に殺されてしまい、首謀者を失ったことで、チョヒの処遇が宙ぶらりんになります。

この誘拐事件の元締めと思われるチョンハクとスンチョルもチョヒを引き取ってくれません。面倒ごとの後始末をさせたければカネを払え、それがイヤなら自分で身代金を請求しろという具合です。

仕方なくチャンボクはチョヒの親に脅迫状を送ります。しかし何の回答もありません。チョヒいわく、弟が生まれてから両親はチョヒへの関心を失っているということ。つまり彼女は親から見捨てられているのかも知れないのです。男性優位社会に生きる少女の諦めが滲みます。

このままチョヒを抱え続けるわけにはいかないとチョンハクに泣きつくチャンボク。最後は人身売買の業者に渡すしかないとイルキュという男を紹介されるのですが、このようなあり得なそうな突飛な設定を、当たり前のように織り込みながら展開していきます。

文章にすると陰鬱な映画をイメージされるかも知れませんが、緑の稲穂に囲まれた農村を舞台に、どことなくファンタジックな雰囲気を醸す作品です。血がしたたる映像と牧歌的な風景が入れ替わりに映し出され、うらびれた掘っ立て小屋の中で展開する疑似家族のような暮らしに温もりすら感じさせます。

これが長編デビュー作というホン・ウィジョン(홍 의정)監督。1982年生まれの女性だそうですが、こういったさまざまなギャップを違和感なく繋いでいくやり方が持ち味なのでしょう。農村部の貧困、家父長制、障碍者の職業選択の乏しさといった社会問題を取り上げながら、逆光を活かした美しい映像と、とぼけた雰囲気で淡々と物語を進めていきます。

映画の中心となるのが、テインの住居である掘っ立て小屋での生活。世慣れたチョヒは、まったく躾られていないムンジュに行儀を教え、遊びを教えてあげます。次第にムンジュも懐いていき、姉と妹のような関係になっていき、テインもチョヒの振る舞いを自然に受け入れ、次第に三人で暮らすことに馴染んでいきます。もちろんそのような生活が永遠に続くはずがありませんし、それぞれが心に秘めた思いもスレ違います。
最後は純朴なテインとしたたかなチョヒが対照的に描かれるのですが、それでも悲壮感よりもどこか突き抜けた印象が残る映画です。ひと言も口をきかず、表情だけでテイン役を演じたユ・アイン(유 아인)もはまり役で、評判の良さも納得の一本でした。

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声もなく(Voice of Silence)
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