ソウルの女王アレサ・フランクリンの半生を描いた映画です。主役を演じたのは「ドリームガールズ」のジェニファー・ハドソン(Jennifer Hudson)で、生前のアレサ・フランクリンが直々に指名したというだけあって素晴らしパフォーマンスを見せてくれます。
本作で取り上げられているのはアレサが10歳の頃から、映画「アメイジング・グレイス」で半世紀ぶりに公開されたライブ録音が行われた1972年までの約20年間。年齢でいえば30歳の頃までですが、そこに至る人生の波瀾万丈に驚かされます。ニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会でのライブ録音を人生の一つの締めくくりとして組み立てられた作品とも言えます。
映画の始まりは、父親C・L・フランクリンが牧師をしていたニュー・ベセル・バプテスト教会の集まりで10歳前後の彼女がMy Baby Likes to Be-Bopを歌う場面。当時のアレサを演じたスカイ・ダコタ・ターナー(Skye Dakota Turner)がジェニファー・ハドソンに負けず劣らずの歌唱力で魅了します。彼女は既にブロードウェイで少女時代のティナ・ターナーを演じた実績を持つ歌い手でもあるそうです。
アレサの才能はピアニストでゴスペル歌手でもある母親バーバラから受け継いだものですが、彼女は既に別居中で、訪ねてきくる日を心待ちにしている少女アレサを描くことで、バーバラだけが心の拠り所だったという、この映画の軸となる視点を示します。別居の理由は、C・L・フランクリンの不貞行為が原因と言われていますが、これは現代だったら世の中から抹殺されているような不祥事です。また映画ではフォレスト・ウィテカー(Forest Whitaker)が演じているせいで好人物っぽい印象になっていますが、実際は映画「アメイジング・グレイス」で見る通りの人物。教会関係者への配慮なのか、彼のヤバさを覆い隠したせいで映画の軸が伝わりにくくなっている気もしますが、いずれにしても信頼できるのは実の母親だけだったわけです。

野心的な父親のおかげで経済的に恵まれ、幼少の頃からキング牧師のような指導者やダイナ・ワシントンのような音楽関係者から可愛がられた反面、母親の急死や10代前半での出産など、必ずしも幸福な少女時代をすごしたとは言えなそうです。16歳でレコードデビューしますが、1961年にテッド・ホワイトと結婚するまでずっと父親の支配下におかれます。

つまりテッドとの結婚は、父親からの逃避だったわけですが、それもテッドのDVによる支配に変わっただけでした。男運が悪いというのでしょうか。それでもテッドと結婚中にアトランティック・レコードに移籍し、プロデューサーのジェリー・ウェクスラーと出会ったことで、彼女の音楽人生が大きく開花しますので、これもある種の人生の糧になったと言えるでしょう。

最初のヒットは”I Never Loved A Man (The Way I Love You)”で、映画ではリアリティにこだわり、アラバマ州マッスル・ショールズのFAMEスタジオで行われた録音シーンはかなり厳密に再現されているそうです。そしてこの映画のタイトルにもなっているオーティス・レディングのカバー”Respect”でスターダムに躍り出て、映画「ブルース・ブラザース」の劇中でも歌っていたテッドとの共作”Think”など、次々とヒットを飛ばすようになっていきます。

映画で描かれていたとおり、アレサは公民権運動にも力を入れていて、キング牧師たちの活動への貢献を描くことにって、宗教に対する熱意と父親との関係が薄まっていったことを滲ませます。

ジェニファー・ハドソンの歌唱力を活かして、”(You Make Me Feel Like a) Natural Woman”、”I Say a Little Prayer”といった名曲の数々も聴かせてくれますが、同時にアレサの陰の部分、テッドとの諍いやアルコール依存症についても克明に追います。1967年のコンサートでステージから落ちて骨折し、1968年にはキング牧師の悲報に暮れ、1969年にようやくテッドと離婚した後、1972年の教会でのライブ録音に至るまでの心の動きは本作で最も興味深いパートでしょう。

エンディングはドキュメンタリーである「アメイジング・グレイス」で見たばかりのライブ録音で“Amazing Grace”を歌う場面。これもステンドグラスなど細々と再現されていて、作り手の熱意が伝わってきますが、それにも増してジェニファー・ハドソンの熱唱が感動的です。それまで宗教と少し距離をとっていたアレサが、なぜこの期に及んでゴスペルなのか、なぜライブ会場を教会にしたいと思ったか、映画「アメイジング・グレイス」の背景が理解できますので、ドキュメンタリーフィルムを見たときより味わい深く感じました。

そしてエンドロールは生前のアレサ・フランクリンの映像。キャロル・キングが2015年のケネディ・センター名誉賞を受賞した際(→Youtube)、アレサがサプライズで登場し、ジェリー・ウェクスラーのプロデュースでキャロル・キングとジェリー・ゴフィンが創り上げた名曲”(You Make Me Feel Like a) Natural Woman”を歌い上げます。最初は弾き語り、後半はファーコートを脱ぎ捨てて熱唱する姿はまさに女王の風格です。

この3年後に76歳で他界してしまうわけですが、この映画で彼女の半生を知った後で見ると、その年齢まで生きて、晩年まで元気でいられたこと自体に驚きます。そんな濃厚な人生に衝撃を受けながら、誰もが知っているヒット曲に酔い知れる映画です。なるべく音響の良い劇場でどうぞ。
公式サイト
リスペクト
[仕入れ担当]