去年のベルリン映画祭で金熊賞(最優秀作品賞)を受賞した作品です。監督はルーマニアのカリン・ピーター・ネッツァー(Călin Peter Netzer)。1975年生まれの若い監督で、この作品が長編映画3作目だそうです。
ルーマニアというと、共産党政権を倒した1989年の革命(特にチャウシェスク夫妻の映像)が記憶に新しいところですが、本作はそういった政治的な要素を打ち出した映画ではありません。どこの国にもありそうな母と息子の物語です。
建築家であり、医師の妻であり、30代の息子の母であるコルネリア。息子のバルブは、実家を出てカルメンという恋人と暮らしていますが、いまひとつ自立できていない感じです。それでいて、両親に対して否定的な感情を抱いていて、なるべく遠ざけようとしていることが明白。傍目からも、母親の育て方に問題があったのだろうとわかります。
そんなバルブが交通事故を起こし、子どもを死なせてしまいます。このままでは息子の将来が失われてしまうと、コルネリアは裏から手を回そうと奔走しますが、バルブ自身は相変わらず両親を拒絶したまま。捨て鉢になっているのか、お金で済むのなら、母親が動けばそれで良いと言い放ちます。
息子を救うため、たちの悪い事故調査官や目撃者と交渉し、それまで反目してきたカルメンと共闘しようと試みるコルネリア。カルメンとの話し合いの中で息子の意外な姿を知り、そこで萎えるどころか、さらにコミットを深めていくところが彼女の凄さです。そして被害者の両親に会いに行き、迫真のクライマックスを迎えます。
その猛母を演じたのが、ルミニツァ・ゲオルジウ(Luminita Gheorghiu)というルーマニアの女優さん。この映画、彼女の強烈な存在感なくしてはありえない作品です。
息子を溺愛するばかりに、息子の家にメイドを送り込み、そのメイドから息子の様子を聞き取るコルネリア。そのメイドに対しても、クロゼットから出てきた自分の古い靴をあげようとして、彼女に断られたら、娘さんにあげれば良いと強引に押し付けたり…。すべての面で自分の思い通りにならなけらば気が済まない性質なのです。
そんな女性が交通事故の事後処理に関与するのですから、一波乱も二波乱もあって当然です。この監督は、そのあたりの細々とした状況を、手持ちカメラの映像で細大漏らさず拾い上げていきます。
日本のサイトでは、モンスターペアレントという言葉を使って説明していますが、自己中心的とはいえ、それほど理不尽な要求をするわけではありません。息子への強い愛がいびつな共依存の関係を作り上げ、それ故に世間から浮き上がって見えるだけ、という見方もできそうです。
愛情に突き動かされていく彼女の行動力に呆れながら思わず見入ってしまう映画です。特に長回しの映像でとらえた被害者の両親との対話シーンは鮮烈な印象を残します。家族の姿について独特の視点から問いかける、なかなか味わい深い作品だと思いました。
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